原田が痛飲したのはこのあとの広沢と小野をもてなすために開かれた席で、会津侯から御酒下されがあって、 「みなで飲んでくだされ」 と広沢が注いで回ったのが端緒である。 岸島はこの日、島屋という両替商からの知らせを受けて、島屋の番頭に対面していた。 「新撰組の公用の封がついた小判の包みが、島原の名主さまから手前どもへ届けられまして」 という内容である。