「そうだ」

原田が急に、

「岸島くん、うちの娘にそろばんを教えてやってはもらえぬか」

いきなりの提案に岸島は驚きを隠さなかったが、

「おれはいつか、おなごもそろばんが要る日が来るような気がしててな。だからおしげに今のうちにそろばんを習わせようと思う」

頼む、と原田は拝んだ。

「承知いたした」

「ありがたい」

「ただし、月謝はもらうと法度の金策にふれるやも分からぬゆえいただかぬ」

それでよろしゅうござるか、と岸島は言った。

「いやそれは…」

「なにせ監察が法度にふれたとあっては、近藤さんではないが面目がたたぬ」

「…お前、面白いことを言うなあ」

原田はそれが気に入ったのか「飯だけは食わせる」と言い、仏光寺通のおまさの実家のそばでその日は岸島と別れた。