「お前、また告白断ったんだって?」



横向きに寝転がりながらゲームのコントローラーを忙しなく操作するヤスが、思い出したように声を上げた。


「断った記憶はない。」


簡素に答えて、一時停止していた手を動かしシャーペンをノートに走らせる。背後でヤスが動く気配を感じた。


「三橋、泣いてたぞ。」

「へえ。慰めてあげた?」

「いや、実際にみたわけじゃねえ。聞いたんだよ。」


机の縁に腰掛けたヤスが俺を見下ろす。薄汚れたデニムに包まれた尻が白いノートの端っこを踏んづけていた。


「噂になってっぞ。お前どうせまた酷い振り方したんだろ?」

「また? 例外なくいつも丁重にお断りしてる。」


僅かに顔を顰める俺に、ヤスが肩を竦める。


「嘘つけ。告白の最中に話切り上げて帰ったろ?」


どうやら噂になっているというのは本当らしく、語尾の上がった言葉は形式的には質問でもその声色は確信を滲ませていた。

けど、間違ってる。ヤスが何をどう聞いたのかは知らないけど、話を切り上げて帰ったのは告白の後だ。最中じゃない。


「ありがとうって言ったよ。」

「はぁ?」

「好きですって言うからありがとうって言った。そしたら彼女が黙った。だから帰っただけ。」


人通りの多い駅前での話だ。二人対峙するように立ち尽くす俺たちに、何事かと行き交う人が視線を寄越す。うざったいったらない。

それでも待った。まだ彼女が何かを言いたげにしてたから。けど、彼女は何も言わなかった。下唇を軽く噛み締めながら俯いていた。


「ちゃんと断りも入れた。もう話がないなら帰るけど、って。そしたら彼女が頷いたんだよ。だから帰った。」

「……。」


ヤスが絶句といった表情を作る。


「泣かれる意味がわからない。」


ヤスの表情の意味も。


人付き合いは苦手だ。その中でも女――特に、同世代のは苦手の筆頭。言動に一貫性がないし、感情がコロコロ変わる。笑ったかと思えば泣き出して、黙れって命令してきたかと思えば何とか言えと怒鳴る。理解の範疇を超越してる。狂気を感じることすらある。


「やっぱ最低だな、お前。」


そんな俺はヤスから言わせれば最低らしい。


「ヤスには言われたくない。」


俺から言わせればヤスの方が最低だと思うけど。

俺とヤスは所謂幼馴染だ。幼稚園から中学校まで全部同じ。けど、こうして二人で頻繁に会うようになったのは中学2年の頃だった。

幼い頃から明るくムードメーカーだったヤスとその真逆だった俺は中学に上がるまでまともに話したことすら無かった気がする。

昔の写真を見れば俺たちの差は歴然だ。中央に沢山の仲間に囲まれながら向日葵のように笑うヤスがいる写真の隅っこに、1人砂場でポツンと佇む俺がいる。

自分で見ても対照的な2人だと思う。実際にそうだった。根アカなヤスと根クラな俺は接点すらなく、ヤスはヤスの世界で俺は俺の世界で関わり合うことなく過ごすはずだった。

けど、中学2年になった頃くらいから俺の周りが騒がしくなった。

きっかけは女。
成長期に突入した所為か急激に伸びた身長。それと比例するように女の視線が纏わりつくようになった。人に話しかけられるようになった。告白も何度かされた。

それまでひっそりと教室の隅で読書に耽っていた日常が一変した。

夏休み前にはもう俺のことを根クラだと言う人は誰もいなくなった。代わりにクールだと言われるようになった。根クラがクールに、ガリ勉が頭いいに、ぼっちが大人びてるに。

俺自身は身長以外何も変わってないのに俺を取り囲む言葉だけが変わっていく。俺を取り残して、何もかもが勝手に変わっていった。

丁度その頃だ。何を思ったのかヤスは俺に話しかけてきたのは。


「あぁ? 俺のどこが最低なんだよ、てめー!」

「わざわざ勉強してる俺の部屋にゲームしにくるとこ。」

「なっ、俺はお前が寂しいだろうと思ってだなあ、」


ムッとしたように言うヤスは最初っからこんな奴だった。頼んでもないことを勝手にしては、得意な顔をする奴。

親切を押し売りしといて、感謝を強請るような……、おまけに馴れ馴れしい。

言うまでもなく俺はそんなヤスが嫌いだった。最高に鬱陶しかった。それは今も変わらない。


「全く寂しくない。」


呆れたように呟く俺は三年経った今でもヤスのことが鬱陶しくて嫌いで苦手だ。