そして、約束の日は来た。

「行ってきます、母様」

「いってらっしゃい、凛音。気をつけるのよ」

母親は眠たい体を起こして、凛音を見送る。

凛音は笑顔で母親に手を振り、駅に向かった。

前に来た駅で凛音は降りた。
しかし、そのまま真っ直ぐ咲燐の家には行かなかった。

「…海、久しぶり」

咲燐と出会った海にいた。

「ふんふーん♪」

凛音は鼻歌を歌う。

「…凛音、何してんの?」

凛音の後ろから声をかけて来たのは、

「あ、咲燐」

文字通り咲燐だった。

「なかなか来ないと思ったら、ここにいたの?」

凛音は照れくさそうに頷く。

「君と初めて出会ったから…ここで」

凛音は海を見て言う。

「そうだな、数日しか経ってないのに懐かしいな…」

咲燐も凛音の隣りに立って海を眺める。

「…家じゃなくて、ここでいいな」

咲燐は小さく独り言のように呟く。

「ん?」

隣りにいた凛音にも聞こえはしなかった。

「いーや…」

咲燐はため息まじりに言った。
そして、思い出したように、

「そう言えば凛音。あの後どうなったの?」

多分家に帰ったときのことだろう。

「家に帰ったら、リビングで母様泣いてた。…落ち着いた頃に話すことが出来たよ。自分の気持ち全部ぶつけてきた」

凛音はスッキリしたように満面の笑みで言う。

咲燐は座って、

「そっか、良かったな」

凛音の頭を当たり前のように撫でる。

「母様と話せてよかった、咲燐のお陰…ありがとう」

凛音は咲燐に抱きついた。
咲燐は一瞬驚いたように見せたが、すぐに笑って

「良く頑張りました」

そう言って、凛音を抱き締め返した。
少しの間、それが続き…。

「凛音」

咲燐が凛音を離す。
そして…、

「俺と、結婚前提に付き合ってください。もっと、凛音のことが知りたくて、どんな凛音も俺に独り占めさせて?」

咲燐は凛音を横から抱きしめて、耳元で言った。

「僕も…。僕も、同じこと考えてた。咲燐、不束者ですがよろしくお願いします」

そう言った凛音の顔や耳は真っ赤になっていた。

咲燐は嬉しくてぎゅっと力強く抱きしめた。

凛音も咲燐の背中に腕をまわして抱きしめる。

「絶対に幸せにするから…」

咲燐は凛音の目をじっと見つめる。
凛音は咲燐の顔を見て微笑み、目を閉じる。

凛音は待つ。
咲燐はゆっくりと凛音の顔に近づき、凛音の唇に自分の唇を重ねる。

とても長く甘いキス。
2人の時間が止まっているかのように思えた。

その日の夜、2人は1つのベッドで抱き合って寝た。

朝になると昨日みたいなゆったりとしたのとは裏腹に、騒がしかった。

「凛音、服装は?」

「普通でいいよ、スーツとか堅苦しいの母様苦手だから」

咲燐は着ていく服を選び、凛音が荷物の準備をする。

どうやら、凛音の母親に会いに行くみたいだ。

「こんなんでどう?」

普段着を着て咲燐は、凛音の前に立つ。

「うん、大丈夫」

凛音は微笑んで言う。
咲燐は小さくガッツポーズをした。

咲燐と凛音は同時に家を出る。
今度はバラバラではなく、同じ方向に歩き出す。

手を繋いで、笑い合いながら…。