途方に暮れて、随分と遠いところに来た。

「…何で寒いのに、海まで来たんだろう」

目の前には、辺り一面濁った青の海が広がる。
まるで、自分の心のようだ。

お腹の虫がぐぅ〜…と小さく鳴る。

「お腹空いた〜…」

独り言は小さく、誰にも聞かれずに消えていく。

「…何してんの、んなとこで、あんたばか?」

消えていく…はずだった。
気がつけば隣りには、地元の人らしき男が立っていた。

「俺一人暮らしだから、泊まらせることはできねぇけど来る?」

男は女の返事を待つ。
しかし、女は答えようともせず、口も開こうしない。

待ちくたびれたのか、男が言った。

「…あんた、口ないの?」

男は女を挑発するように言う。
けれど、女は口を開かない。

この時、女は思っていた。

(何で、見ず知らずの僕に声をかけるのか。僕もこの人もお互いに名前も知らないのに…)

女は俯く。
男も話さなくなり、やがて沈黙が訪れる。

沈黙の中で聞こえる音が2つ。
海の波の音と、どちらか分からないお腹の虫の音。

男は堪らずに、

「帰んないの?」

と女に聞いた。
女は小さく言う。

「帰るとこなんて無い。…帰ったところで邪魔者扱いされるだけ」

女は最後に深いため息をつく。

「…ねぇ、あんた名前は?」

男は女に名前を聞いた。
女は答える。

「…僕は凛音。君は?」

凛音は名前を聞き返す。

「俺は咲燐。それで…」

咲燐は言葉を濁す。
照れを隠すように頭を搔く。

「それで、俺の家来るの?来ないの?」

咲燐は勢いで言う。
凛音は顔を上げて、

「うん、行く!お世話になる」

明るい声で言った。
咲燐は凛音を立たせて、家に行く。

凛音が迷わないように手を繋いで…。