美濃の蝮こと、斉藤 道三との会談を三日後に備えつつある最中であった。信長と話しを煮詰める光秀の元に、急使が飛び込んで来た。

「…殿、失礼を致しまする!急な知らせで今川軍が動き出したとの事!」

「…何だと?」「?!」

この時期に今川が尾張を攻めるだと?元々がずれていたが、やはりこういった所まで表れたか。急使の話しでは、美濃との会談の為油断する織田けを潰そうと動き出したのかもしれない、らしい。
僅かに眉を寄せただけの信長だが、直ぐに良い笑みを浮かべる。心底楽しんでいる笑顔なのだが、急使は悲鳴を上げて怯えている。

「…クックック。今川と戦を始める良い好機か。おい、家臣達を集めよ。」

「…っは!」

信長の命に素早く動いた急使が駆けていき、光秀と視線が合わさった。

「さて、光よ。既に案は定まった頃か?」

黙り込んでいた光秀はやっと顔を上げる。軍師的な自分が策を練るのはいつもの事だが、歴史通り以上に兵の損失が出ない様に考えている。今川 義元との戦か。…桶狭間だったか?

「…ええ。まだ思案中ですが、時期に。」

「ああ、頼りにしておる。」

軍議の場に向かいつつ、何とか考えを纏めておく。今川義元、今川義元。…ああ、やはり共に案を練りあう仲間が欲しい。今の織田軍にはまだ、頭脳派が少ないんだよなあ。友人の細川藤孝くんとか来てくれないかな…ああ、立場上駄目か。
…竹中半兵衛とか、欲しいよね。まだ居ないかな?

重臣の集まる場にて、若き当主は圧倒的な存在感で腰を据える。光秀は重臣や老臣に気を遣い敢えて最も下座へと腰を落ち着けた。

「…聞き及んでいると思うが、今川軍が動いておる。何か案の有る者はおるか?」

眼光鋭い信長に怯みつつ、老臣達は案を上げ始めた。
「…籠城で…」「全軍で…」「…いや、部隊を分けて」

柴田は何やら思い悩み口出しせずにいる中「では、光秀?」と名指しし目を向けさせる。老臣や重臣の中には若く美しい才高い光秀に良くない思いを抱く輩もおり、あくまで重臣達を立ててから発言をするのだ。

「…殿、実行してみたい案がございます。軍を一隊お借りしたいのですが。」

意志の強い瞳、涼やかな声にその場が吸い込まれる。しかし、嫌う輩は「何と身勝手な」と騒ぎ立てている。
煩いな、私だって色々考えてみたんだよ。貴殿方の策だと絶対無理だろ、今の戦力差では。確かに織田軍は強いが、最強になるのはこれからだ。

「光秀。それが最善の策か?」

「はい。私なりに出した最善です。」

信長の良い所は、ぐだぐだと悩まずスパッと決めてくれる所。瞳で会話をしあい、深く頷いてくれた。

「…よし。許す、やってみろ。」

その言葉に不満が漏れかけるも、直ぐに信長は畳み掛ける。

「この光秀の案でこれまで損害があったか?」

いえ、と口ごもる重臣達に見下した視線を巡らせ、光秀に行けと促す。まだまだ人材の少ない織田軍の中では、この様な愚かな家臣が多いが、いづれその者らも切りたいのだろう。

さてと、了承も得たし動くか。

薄暗くなってきた空を見上げ、普段後ろで縛る髪を高い場所で纏める。空は素晴らしき曇天だ。あと、もう少し。

騒がしい家中を駆け抜けて、元気の良い声の響く鍛練場へ辿り着く。私の使いたい部隊は、彼ら若武者達だ。億さず素直に聞き、状況で動いてくれる。正直重臣達の部隊など、面倒だしたぶん簡単に死ぬだろう。

「明智様!」「いらしゃったのですね!」「うわー見てって下さい!」」

何だかあれ以来、妙に懐かれたものだ。少し年下程だから話しやすいのは良いけれど。キラキラと見つめてくる彼ら全員に行き渡る様に、声を張り上げた。

「そなた等も耳にしているだろう今川軍との戦だが、私は若きそなた等を使いたい!しかし恐ろしく思うものは勿論辞退して良い。我こそはと思うもの、私について参れ。」

それだけ言い踵を返すと、張り裂けんばかりの雄叫びや歓声が爆発する。明智光秀に選ばれた、戦いの場を得られた…それが今の彼らだ。

よしよし、良い雰囲気だ。
後は上手く雨が降れば…彼らと今川軍に奇襲をかける。

ポツ、と頬に当たる冷たい滴。…天にも味方をされたか。

甲冑を身に付け、馬へと飛び乗り息を吸い込む。

「貴殿らの力、今川へ思い知らせよ!!勝利は必ず我らが元に!!」

うおおおおおおおお!!と鴇の声を上げて大地を踏み進んで行く。ちょっと恥ずかしいんだよな、いつも。
斜め後ろからの前田からの敬慕する視線に、恥ずかしく思う。前田犬千代の今日の装束もやはり無駄に派手である。

そんな折、光秀率いる部隊を駆け抜けて行く存在感を放つ1騎。やはり来ましたね。うん、まあ…じっと待ってるとは思いませんでしたが。

「…者共!殿の後に続けー!!」

全く、早すぎだ信長!もっとスピードを落とせって。

織田信長自身の働きも有り、今川軍は直ぐに壊滅するのだが、この世界が歴史とは全く異なると実感するのは直ぐ後である。