…あまり、眠れなかったな。

侵入者が訪れた一夜を越えて、欠伸を噛み殺しささっと着替えを行う。身だしなみに気を使う者もそれなりに居るが、光秀は直の事気遣う。
信長の一の部下である矜持として、髪は濡らして櫛を通し着物も皺一つ無いように整えた。

簡単な朝げを摂り、昨夜の事を思い出す。
光秀はの元に現れたのは、一人の忍であった。何処に居たのかは口を割らないが、織田家に仕えたいと言う。あまりに怪しいのでそのまま叩き出そうと思ったのだが、相手の名前を聞いてそれは止めておいた。

忍は滝川 一益と名乗ったのである。

…何処かで聞いた事があるんだよね。
歴史の教師をしながらも、歴史の研究も行っていた光秀としては思い出せず歯噛みしてしまう。その内信長が整えるだろう軍団にも、その名前はあったような。

とりあえず信長に報国しないと。

「…明智様、おはようございます。少々よろしいでしょうか?」

深呼吸をし呼吸を整え立ち上がった時、外から呼び掛けられ「ああ」と肯定を返す。襖を開けたのは堀久太郎である。
相変わらずの美少年ぶりだな…などと呑気に見つめれば、慕う相手からの視線に久太郎は少々頬を赤らめる。

「…あ、明智様。細川様が、もうすぐお着きになるそうです。」
「細川君が?…分かった。報せ感謝する。」

礼を述べつつ解いてあった髪を纏めようとすると、直ぐに久太郎が「失礼致します」と手を出してくる。やはり小姓の中では断トツに気が利いている。出世も早いだろうな…。

(明智様の髪は本当にお美しい。…殿はしっかりとした髪質だが、明智様のはしっとりとしているのに、柔らかで)

端から見ると無心で光秀の髪を纏める久太郎だが、胸中は緊張しながら役得だとでも思っていそうだ。

細川君が来るのか。
どうしようか?信長に滝川一益の件を伝える前に、細川君と話しをしてみるべきか。…うん。やっぱり頭脳派の意見も聞くべきだよね!あー、やっと相談相手が出来る。

髪を整えられた光秀は細川が到着するまで、久太郎とのんびり待つ事にしたのだった。