向かいに座って俯く史明の息遣いと、無精ひげの中にある端正な唇。そして、そんな史明のもたらしてくれた絵里花の体に残る感覚——。
——あの岩城さんと、キスしちゃった……!
その現実を噛み締めても、まだ夢の中にいるみたいで、絵里花の胸はドキドキと高鳴っている。
「おい。いつまで俺を眺めてるんだ?やることは、まだまだたくさんあるんだぞ!」
その時、いつものように史明の厳しい言葉が飛んでくる。
「……はいっ!!」
絵里花はようやく夢見心地から覚めて、我に返る。
それから、コンテナの中から一つの紙の切れ端を取り出し、虫に食われた薄いそれを慎重に広げて、そこに書いてある文字に目を通し始めた。
ここは、陽射しもなく風もない、時の流れさえも感じられない閉ざされた収蔵庫の中……。
だけど、誰よりも愛しい人がいる。
今日もいつもと変わらない、二人の歴史が刻まれていく。
「彼がメガネを外したら…。」
― 完 ―
2023.3.27(加筆修正)