作業用のテーブルに戻って、作業を再開させようとしていた史明に、絵里花は訴える。
「……とにかく、岩城さんは国立の古文書館へ行かなきゃいけません。どうして巡ってきたチャンスを、みすみす逃してしまうようなことをするんですか?」
館長と同じことを言っても、史明を説得できない。それは分かっていたけれど、絵里花は言わずにはいられなかった。
彼に相応しい権威のある場所で、その能力を学界のために活かすべきだと思っていた。それが延いては、いちばん史明のためになると思って疑わなかった。
でも、史明は答えなかった。答えもせず、黙々と作業をしている。目録を作った古文書を保管箱へと入れ、それを所定の位置に収めるべく立ち上がる。
収蔵庫の奥の棚に向かう史明を、絵里花は追いかけた。
このままでは納得がいかない。このままだと、絵里花の想いも報われない。この恋が成就できなくても、史明の前途が開けることがせめてもの救いだった。
「館長は、まだ間に合うって言ってました。お願いですから、行くって決断してください」
箱を棚に納める史明に、絵里花はもはや懇願した。
すると、ようやく史明はため息をついて絵里花と向き直る。
「……そこまでして、君は俺をここから追い出したいのか?」
その言葉を聞いて、絵里花は頭の中が真っ白になった。



