彼がメガネを外したら…。



館長の言葉に、史明は何も答えなかった。史明が否定も肯定もしないことを、館長は〝考えている〟と受け取ったのか、深いため息をつく。それから、エレベーターのボタンを押し、階下へと下りていった。


収蔵庫へと戻ってきた史明は、扉のところで立ちすくんでいる絵里花と鉢合わせした。


「……どうして、断ったりするんですか?」


寝る間を惜しんで古文書を解読したり、山で遭難しそうになったり……。渾身の力を注いで史明の研究に協力してきた絵里花は、それまでの努力や苦労を全部否定されているような気持ちになった。
館長同様、絵里花が血相を変えるのも当然だった。


そんな絵里花を見て、史明は考えるように唇を湿らせて、自分の意志を説明し始める。


「館長との話を聞いてたんだろう?古庄家文書の研究をするためだ……じっくりと古庄家文書を検証して研究したい。国立の古文書館に行ってしまうと、それがままならなくなる」

「そんなこと……!私がこっちにいるんですから。何なら毎日、文書の写真を撮って、ネット上のデータベースに上げれば、いつでもどこからでも見られるようにできます」

「そもそも、国立の古文書館に行かなくても、どこにいたって、どんな研究でもできるよ。敢えて行く必要はない」


『それは違う!』と、とっさに絵里花は思った。肝心なところで物怖じして諦めてしまう、史明のいつもの悪い癖が出ているとしか思えなかった。