彼がメガネを外したら…。



絵里花はその様子を側で見ているばかりだったが、普段は温厚な館長のその憤然とした雰囲気にただならぬものを感じて不安になった。


「君は、いったい何を考えているんだ!!」


エレベーターホールでの館長の激しい叱責が、分厚い収蔵庫の扉越しに聞こえてくる。史明が何かやらかしてしまったのかと、ますます不安になった絵里花は、収蔵庫の扉を少し開けて様子を窺った。


「国立古文書館への異動の件、断ったそうじゃないか。なぜそんなことをしたんだ!!」


——……え……?!


館長の言葉を聞いて、絵里花の息が止まる。
異動の件を断ったということは、東京へは行かないということだ。それも、史明の意思で——。


「古庄家文書を研究するには、ここにいるのが一番いいと判断したからです。あの文書の研究は、私のライフワークにしたいと思っています」


館長の興奮に比べて、史明は冷静なものだった。こんな状況になることを、想定していたからだろう。


「私に相談もなく勝手に……。何もここにこだわらなくても、古庄家文書の研究は国立古文書館でもできるだろう。せっかくのチャンスなのに、君は一生こんな地方の史料館で燻りたいのか!」

「………」

「とにかく考え直しなさい。今ならまだ何とかできる」