彼がメガネを外したら…。



この場を離れていく史明は、絵里花にこの言葉を贈ってくれているのかもしれない。別れの言葉だとは分かっているのに、絵里花は心が温かくなって史明の思いが沁みてくる。


「ありがとうございます。……頑張ります」


絵里花が頷くのを見て、史明は柔らかく微笑んだ。その表情を見て、絵里花の胸がドキンと切なく突き上げられた。


——やっぱり……岩城さんのことが、どうしようもないくらい好き……。


諦めることなんて出来なかった。
この想いが叶うとか叶わないとか関係なく、絵里花は一生この想いと寄り添っていく宿命なのかもしれない。
たとえ遠く離れてしまっても、たとえ史明が絵里花のことを忘れてしまっても、絵里花は史明をずっと心に住まわせて想い続けていくのだろう。


古文書に目を落として作業をするふりをして、絵里花は懸命に涙を堪えた。
諦めきれないのなら苦しいに決まっている。それならばいっそ、遠く離れてしまった方がいくらか楽になる。迫ってくる別れの日を、絵里花はそうやって合理化した。

今は、史明と一緒にいられる残り少ない日々を、向かい合っていられるこの時間を大切にしようと思った。