「……それに、君はもう俺の研究を手伝わなくてもいい」
俯く絵里花に、史明がそう投げかけた。
絵里花は目を上げて、改めて史明を見つめ直した。
確かに学会も終わって、もう史明を手伝う必要はない。それなのに、なぜ敢えてこんなことを宣言するのだろう?
これが……、遠くに行ってしまう史明なりの、別れの言葉なのだろうか?
不意を突かれて、絵里花の穏やかだった心の水面にさざなみが立つ。涙が目に浮かんでしまうのを、奥歯を噛み締めて必死で耐えた。
「君は自分で課題を見つけて、自分の研究をするべきだ」
この史明の意見を聞いて、絵里花は戸惑った。この史料館で働くようになってから今まで、誰もそんなことは言わなかった。
「……でも、私の仕事は古文書の整理ですし、私は研究員でもありません」
「研究をしている人間は、史料館の研究員や学者ばかりじゃない。教員や会社員をしながら論文を書いてる人もいる。ましてや君は、毎日これだけ本物の文書に触れているんだから、誰よりも勘は冴えてるはずだ」
「いや、でも私は、論文なんて適当に書いた卒論くらいしか……」
「俺の研究の突破口を開いてくれたのも、後押ししてくれたのも君だ。その着眼点や展開する能力は素晴らしいものがある。これからはそれを自分のために使いなさい」



