紙の擦れる音、鉛筆の走る音、そして二人の息遣い……。外界と遮断された部屋の中で、その音だけが響き渡った。何時間も……。
それは毎日繰り返され、一日一日と史明がここを離れる日が近づいてくる。絵里花はその日が来ても、明るく史明を送り出したいと思った。
絵里花の開いた古文書の中に、『磐牟礼城』の文字を見つけた。内容を走り読みしてみると、城の拡張工事か修繕に関することのようだった。
「……岩城さん」
絵里花は思わず史明に声をかけていた。
ここ数日、事務的なことを話す以外に言葉を交わさなかった絵里花が名前を呼んだので、史明はピクリと体を震わせて少し驚いたようだった。それから、分厚いメガネのレンズの向こうから絵里花へと視線を向ける。
「この文書なんですが、磐牟礼城のことが書いてあります」
「え?摘出に漏れて、まだ残っていた文書があったのか?」
史明の言う通り『磐牟礼城』に関する文書は、学会に向けての研究段階で摘出していたはずだった。史明は絵里花から古文書を受け取って、内容を確認する。そしてすぐに、顔色が変わった。
「望月さん。これはすごいことが書いてあるよ。磐牟礼城の改築の変遷がたどれるかもしれない。ほかにも関連する物はなかった?」



