彼がメガネを外したら…。



絵里花の心が、またざわめき始める。まだ諦めないで、想い続けてもいいのではないかと……。


だけど、絵里花は古文書を見つめながら、ハッと我に返って思い直した。

史明には〝対象〟として見てもらえていない。今までも、そしてこれからも、こ〝好きだ〟と思ってもらえる相手にはなれないだろう。
そもそも、史明には人に〝恋をする〟という感情があるのだろうか。頭の中は歴史のことで埋め尽くされていて、そんな感情は初めから存在しないのかもしれない。


史料の整理をするただの嘱託職員としか見てもらえてないのに、こうやって想い続けても虚しいだけだ。

だったら、遠くに行ってもらった方がいい。こうやって会ってしまうと、いつまでも想いが再燃してしまう。

今だって、これまでの研究を論文というかたちでまとめるのならば、この収蔵庫にいなくてもいいはずだ。階下の研究室の自分のブースでやった方が効率的なのに、なぜ史明はまだここにいるのだろう?ここで何をしているのだろう?


絵里花の心の中が激しく揺れ動いていることを知る由もない史明は、学会前のいつもと同じように、古文書を開いてみては内容を確認し、絵里花と同じように目録の作成作業をしている。

絵里花も作業の手を進めないと、史明から「何をしている?」と言われてしまう。折紙の上の文字をじっと見つめて、心を落ち着けた。今は無心になって、この古文書と向き合っていればいい。