そして、夜になり、予約した料亭に「セザキ」の幹部達を連れて行った。

商談は思いのほか順調に進み、拍子抜けするくらい素早く話がまとまった。

女好きと聞かされていた専務も、隣でお酌をしていた橋口に対し、セクハラどころか紳士に振る舞っていて。

彼女の大胆な胸元に終始釘付けになっていたのは、寧ろうちの部長の方だった。

女好きはテメエじゃねえかよ!!
このエロ狸!

俺は上司の顔を横目で睨みつけた。

『セザキ』との商談は成功して、無事に契約を取り付けた訳だけど。
ふと加藤の顔が浮かび、胸の奥がズキっと痛んだ。


───
──


週明けの月曜の朝。
俺と橋口は、部長と共に本部長からの激励を受けていた。

「いや~。君達よくやってくれたね。特に佐伯くんなんて間違いなく今期のMVPだな」

満遍の笑みで握手をしてきた本部長に、俺はこう返した。

「今回の商談ですが、加藤が事前に作成してくれていた資料が契約の決め手となりました。どうか彼女のことも評価して頂けないでしょうか」

実はこっそり、俺は加藤が破棄しようとしていた資料を持ち込んでいたのだ。

すると、横から部長が割り込んできた。

「いえいえ、社長。彼女が作った資料なんてマーケティングデータをただのせただけのもので、たいして役になんか立ちませんでしたよ。今回は佐伯くんの巧みなビジネストークがあってこその─』

「分かったよ、佐伯くん。加藤くんのことも、ちゃんと人事の方に伝えておくよ」

本部長は部長の言葉を遮るようにそう言った。

「ありがとうございます」

これで、加藤の努力だけは無駄にせずにすんだ。
それだけが気がかりだったから、本部長の言葉にようやくホッとした。


──

こんなやり取りを終えて、営業部へと戻る途中、廊下で山下が加藤の手を引いて給湯室に入って行くのが見えた。

気になって覗いてみると、狭い給湯室の中で山下が加藤の体を抱きしめていた。

「おまえら、なにやってるんだ」

怒りに震える俺の声を聞いて、慌てた様子で加藤が山下から離れた。

「ちょっと私がつまずいちゃっただけだから」

必死に取り繕おうとする彼女だったけれど、山下に抱きしめられていたのは一目瞭然だった。

困った様子で下を向く加藤に対し、山下は静かに俺を見つめている。

「何かマズかったですか?」

口を開いた山下は、俺に挑戦的な目を向けてきた。

「マズいに決まってんだろ? 二度と触んなよ」

俺は彼を睨みつけながらそう吐き捨てると、加藤の腕を掴んで会議室へと連れ込んだ。

とにかく嫉妬で気が狂いそうだった。

今までにも彼女に近づいてきた男はいたけれど、あんな場面を目撃するのは初めてだったから。

自分のものでもないのにおかしな話だけど、とにかく山下が加藤に触れたことが許せなかったし、それを簡単に許した加藤にも腹が立った。

気づけば俺は、彼女を壁に押さえつけながら怒りをぶつけていた。

「あいつが好きなのかって聞いてんだよ!」

そんな俺の言葉に、彼女は目を逸らし小さく呟く。

「べ、別に好きじゃないよ」

そう言いつつ、彼女の顔は照れたように赤くなり、見たこともないような「女の顔」になっていた。

俺はついカッとなり、彼女の唇を強引に塞いだ。

「ちょっと何するのよ!」

彼女は俺を突き飛ばし、会議室を飛び出して行った。
そこに残ったのは後悔と絶望感だった。