『橋口……。あっ、いや、決してそんなつもりじゃー』

ない、と言おうとして言葉を止めた。
俺がした事は、どう言い訳したってそういうことだ。

大事な女の為に、橋口を犠牲にしようとしたんだから。

『いや、すまなかった……橋口。どうしても加藤のことを守りたかった。最低だよな…』

頭を下げてそう言うと、彼女は俺の目を見つめて聞いてきた。

『好きなんですか? 加藤さんのこと』

『ああ……』

俺が素直に認めると、橋口はしばらく何かを考え込んだ。

『分かりました。いいですよ。引き受けても』

『え?』

驚く俺に彼女はにっこりと笑った。

『その代わり……条件がありますけど』

『条件?』

『はい。引き受ける代わりに、私にもメリットがないと』

『いいよ。何が望み?』

『接待の日まででいいので、私の仕事をサポートして下さい。実は今月、まだ契約が取れてないんです』

『分かった。それだけ?』

『それから、おいしいものが食べたいです。仕事の後に、素敵なお店に連れて行って下さい。フランス料理とかお寿司とか焼肉とか…。接待までの二週間、とにかく私のワガママ聞いて下さい。そうしたら、加藤さんの代わりに引き受けてもいいですよ』

『分かった。どこにでも連れてくよ』

………

こうして俺は、早速その日から橋口のワガママに付き合うこととなった。

橋口からは毎日のように声がかかり、あちこちの高級店に連れて行く日々が続く。
えらい出費だったけど背に腹は替えられなかった。

ようやく同期会のある金曜日になって、俺は橋口から一旦解放された。


「佐伯さ~ホントにどうする気だよ~。このままじゃ一生このままだぞ~って一華が呆れてる」

そう言って笑う同期の大野は、加藤とルームシェアしている大柴の彼氏。

大野も大柴も、俺が7年間も片想いを拗らせていることを知っているのだ。

「今夜さ、俺は一華と帰るから、おまえは加藤送ってやれよ」

「そうだな」

大野の言葉に頷くと、逆に『え!』と驚かれた。

「おまえ……。ようやくその気になったのか!そうか、そうか」

何か勘違いしてるようだけど、面倒くさいから放っておくことにした。

俺はこれから、加藤に大事な話をしなければならないのだ。そう。「セザキ」の接待のメンバーを、勝手に橋口に変えたこと。

あんなに頑張っていた彼女に、一体何をどう説明したらいいものか。

気が重い…。

奥のテーブルで無邪気に笑う加藤を見つめながら、俺は何度も溜息をついた。