『絶対、佐伯になんて負けないから』

同期の加藤は、いつもそう言って俺にライバル心を燃やしてきた。

好意ではなく、対抗心を向けてくる女なんて初めてで。珍しくて構っているうちに、うっかり彼女を好きになってしまった。

と言っても、彼女が俺を男として見ていないのは明らかで、下手に告れば今の関係までも失い兼ねない。

そう考えた俺は彼女のライバルでいることを選んだ。

でも、その代わり、彼女に近づいてくる男はことごとく排除した。まあ、大抵の男は俺の存在に気づいて、自分から身を引いていってくれたけど。俺がどんなに嫉妬心を剥き出しにしようとも、鈍感な彼女にだけは気づかれることはなかった。

そうこうしているうちに7年の歳月が経ち、気づけば、俺も加藤ももうすぐ30を迎える年になっていた。

さすがに、そろそろこの関係を何とかしたい。
彼女を自分のものにする何かいいきっかけはないものかと考えていた。

ちょうどそんな時、大手スポーツメーカーの『セザキ』にコラボ商品を売り込めるチャンスが舞い込んできた。

『セザキ』は世代別に数種類のオリジナルブランドを展開していて、幅広い層に人気のメーカーだ。コラボしたがる企業は多いのだけど、『セザキ』の自社ブランドに対するこだわりも強く、実現するのが難しいと言われてきた。そんな中、勝ち取ったチャンス。

接待の日取りも決まり、俺と一緒に同席することとなった加藤も、いつものように俺に対抗心を燃やしながら毎日遅くまで企画書作成に張り切っていた。

この仕事が上手くいったら加藤に告白しよう。
密かにそんなことを考えていたけれど、すぐにそれどころではなくなった。

みんなが出払った営業部で、部長がこんなことを言い出したからだ。

『どうも「セザキ」の専務は女好きらしいんだよな。だから加藤くんに言っておいてよ。胸元のボタンはわざと開けて、スカートは橋口くんぐらい短いのをはいてくるようにってさ。それから、商談はこっちに任せて、とにかく専務のご機嫌取りをしっかりやるようにとな』

ふざけるなと思った。
そんなまねさせてたまるかと。
だから、咄嗟にこんなことを言ってしまった。

『加藤には無理だと思います。若い橋口の方が適任なんじゃないでしょうか』

俺はこの時、加藤を守ることしか頭になかった。
完全に公私混同だし、チームリーダーとして失格だ。

ただ、言い訳をすれば、橋口なら普段から部長が要求したような恰好をしているし、男のかわし方も慣れている。それに何かあったら俺が助ければいいと思った。

『先方のご機嫌取りのためだけに同行させるなら、その方がいいと思います』

とにかく、橋口を推すことくらいしか、この状況を回避する方法を思いつかなかったのだ。

『なるほど。確かに向こうだって若い方がいいに決まってるな。分かった。佐伯くんの言うとおりにしよう』

部長はすぐに納得して、営業部から出て行った。


ふーと息を吐き出し胸を撫で降ろしていると、突然、背後から声が聞こえてきた。

『佐伯さんって酷い人ですね。私ならセクハラにあってもいいってことですか?』

ハッとして振り返ると、ファイルを持った橋口が俺を睨みつけながら立っていた。