日本海に浮かぶ小さな孤島、旭島。
そこには古代から伝わるある言い伝えがあった。

旭丘から見える東雲を見た者は幸せになる。

その言い伝えを現代で真に受け、信じ続ける少女がひとり。

「おい、時雨。4時だぞ…」

眠そうに目を擦る兄にそっと起こされ、元気よく布団を飛び出す少女の名は、麻野時雨。

「お兄ちゃん、ありがとう!
行ってきます!!」

顔をパシャパシャと冷えきった水で洗い、適当な服に着替えて家を出る。

そして彼女が向かったのは近くの公園。

そこにいたのは、少し汗ばみながらバスケの練習をする、幼馴染みの青柳流だった。

「流!!」

「…はぁ、はぁっ…時雨?」

彼は手を止め、彼女の元へ駆け寄る。

「ねぇ、つまんない事は嫌いなんでしょ?」

悪戯に、彼女は彼に笑いかけた。

おどける様にして傾げた首、どこか嬉しそうに笑う。

「私と、旭丘に行って東雲見よう!!」

そう言った彼女は、彼の答えを聞くことなく手を取り、自分は乗ってきた自転車の後ろにまたがった。

「ほら、漕いで?」

「はいはい」

彼は颯爽と自転車にまたがり、彼女の手を自分の腰に回す。

「しっかり掴まっとけよ」

重いペダルを踏みしめて、少しずつ景色が後ろに流れていく。

どんどんスピードを増す自転車に身を任せ、辿りついたのはまだ暗闇に包まれる小さな丘の麓。

「ここから歩くか」

「そうだね」

自転車を止め、2人並んで丘を登る。

見えてきたのは果てしない地平線と青い海。

その前に取り付けられたベンチには、まさかの先客が座っていた。

私たちのように初々しくはないが、どこか大人びている女性だった。

「人いるな、帰るか?」

少しガッカリしたような声で彼が問う。

「んー、嫌だ」

彼女はそう言うと、再び彼の手を取り五本の御神木の奥へと足を踏み入れた。

「この先にもっとちっちゃい丘があるってお母さんが言ってた。
多分だけど、東雲も見えると思う…!」

「おい、でも待てここって御神木の先…
お前、あの言葉知らねぇのか?!
おい、待てって!」

彼女は彼のどこか気の引けたようなその表情と言動に苛立ち、先に走り出した。

「そんな事、今はどーだっていいの!
ぐずぐずしてたら、東雲見えなくなっちゃう!」

彼女は走った。

ただ、走った。

その後を追って、彼もまた走った。

そして辿りついたのは、少し開けた小さな丘。

「あっ…!!?」

思わず漏れた吐息。

彼女達の前に現れたのは、東の空に薄く絹のようにひらびらと架かる紫の雲。

東雲だった。

紫色の…?

「は、はぁ…?」

「なんだよ、これ…」

一瞬だけ見えた紫は、すぐに黒くなった。

目の前が一瞬にして、色を吸い取られたように白黒になる。


そこはもう、彼女達の知る世界ではなかった。