何でこんなことになってしまったのだろう。
 私は今、コスプレをさせられている。
 コスプレをさせられて、受付の机につかされていた。
 文化祭のうちのクラスの出し物はコスプレ写真館だから、前日になって「着たい子たちは着ようよ」ということになったのだ。そっちのほうが、お客さんを呼びやすいだろうということで。
 それはわかる。でも、何故かサナが張り切って、ムラモト先輩まで引っ張って連れてきて、メイクやヘアセットをされたのだ。朝登校すると二人にとっ捕まって、空き教室に連れて行かれた後、着せ替えから何からされてしまった。
 衣装はサナが用意したもので、私が大好きなキャラが出てくる作品のヒロインの制服だった。
 二人に心ゆくまでいじり倒されて、見せられた鏡を覗くと、そこには知らない女子がいた。ウィッグやカラコンまでしてしまったら、そりゃ別人になるよね。こうなると、コスプレではなく変装の域だと思う。
 劇的なビフォーアフターだ。「何ということでしょう」というナレーションが入っても良いくらい。
 サナはニコニコしながら「今日は可愛くしてなくちゃね」なんて言うけれど、今日は文化祭というただの学校行事だ。別に特別な日なんかじゃない。
 そう思うのだけれど、サナもムラモト先輩も何やら張り切っていて口を出せる雰囲気ではなくて、されるがままでいるしかなかった。



「姫ちゃん、化けたねー。日頃からちゃんとメイクとか髪とかしてたら超可愛いのに!」
「化粧映えする顔だと思ってた!」

 サナとムラモト先輩の着せ替え人形になった私は、教室に帰るとクラスメイトの女子たちからそんなふうに熱烈な歓迎を受けた。
 女の子って、こういうの好きだよね。
 私の変身ぶりを面白がったクラスメイトたちは、あとであれ着ようよとか写真撮ろうよとか、本来の趣旨から外れたことではしゃぎ始めた。
 開場して通りすがる人たちに声かけをしたり受付をするようになってからはだいぶ落ち着いたけれど、それでも自分の当番の時間が終わる頃にはクタクタになっていた。
 何というか、人からしげしげと見られるということに。他校から来た男子たちに冷やかされるのも、なかなかに辛いものがあった。
 これまで道端の石ころのように、蹴っ飛ばされることはあれど、手にとってしげしげと眺め回されることなどなかった人生だ。
 それが、コスプレをして華やかにしてもらった途端、これだ。何だか人間不信になりそう。
 北大路も、顔が良いばっかりにこんな経験を日頃からしているのだろうか……。
 そんなことを自然に考えて、私は自分が嫌になった。
 好きだと気づいた途端、色々なことが怖くなってしまって、結局今日まで私は、北大路を避け続けていた。
 北大路の視界に入らないようにして、向こうが声をかけようとする気配を察知したらものすごい勢いで距離を開けて、不意打ちをされないように気を張って過ごした。
 でも、そんなふうにしていたら、自分が一体何から逃げているのかわからなくなった。
 北大路からなのか、自分の気持ちからなのか。
 北大路はいつものように、私の姿を見つけたら「姫川ー!」って笑いながら手を振ってくるのに。私は、それにうまく答えることができなくなっていた。
 恋って、もっとニマニマしてしまうものだと思っていた。
 あったかくて甘くて、その人のことを考えると幸せな気持ちになるのが恋だと。
 それなのに、この恋は熱くて痛くて苦しい。
 北大路のことを考えると、私は呼吸もままならなくなる。


「メーさん、顔が死んでるよ? 寝不足? もしかして昨夜ゲームとかで夜更かししたんでしょ」
「してません。元気です」
「じゃあ、あれだ! 録りためてたアニメ一気に見たとか? あれ、辞めどきがわかんないもんね」
「違いますって」

 部活の展示のほうの当番をするために昇降口へ行くと、ほどよく空気が読めない部長がそんなことを言ってきた。否定するのに、まるで聞いちゃいない。様子がおかしいのを何でもオタ充のせいにしないでくださいと言いたい。
 でも、腹は立たなかった。ここで鋭く何があったのか見抜かれたらたまったもんじゃないから。

「それにしても、女の子って変わるもんだね」

 頭からつま先まで観察したあと、しみじみと部長が言った。横に座っていたべっち先輩もコクコクと頷いている。

「せっかくそうやって着飾ってるんだから、文化祭を楽しんで来てもいいんだよ?」
「俺たちは食べ物さえ確保できたらいいからさ。ほらほら、誰かと回っておいでよ。その格好を見せたい奴とかいるだろ〜?」

 何を考えているのか、先輩二人はニヤニヤとしながらそんなことを言う。こういう冷やかし方って、もうオッサンの領域だ。
 いつもだったら、そんなオッサン化が進む先輩たちをうまくかわせるのに、今はそんな余裕がない。

「……別に、一緒回りたい相手なんかいませんよ」
「え? ……あ、そうなの。……サナさん、早く来ないかなぁ」

 私のつれない態度に、困った顔で部長はここにいないサナに助けを求めようとしていた。
 サナは、クラスの当番が終わったあと、何か用事があると言って別行動をしている。済んだらすぐにこっちに合流するとは言っていたけれど。
 サナは、私が悩んでいることに対してすごく楽観的なことしか言わない。というよりも、楽しんでいる節がある。
 初めての想いを持て余す私は笑っている余裕なんてないのに、サナは「何をそんなに心配してるの?」とか言う。
 たくさんの女の子が、北大路のことを好いているのに、私ときたら気づいたばかりなのだ。出遅れたというより、周回遅れもいいところ。
 “好き”のその先がわからなくて、私は北大路から逃げているのかもしれない。


「メーちゃん、キンヤくんのステージの時間になったら行っていいからね。ちゃんと時間チェックしてるー?」

 展示を回る途中で立ち寄ったのか、まだ当番交代の時間じゃないのにムラモト先輩がやってきた。どっさりとタコ焼きやらワッフルやらを手にしている。そのタコ焼きやらは部長たちへの差し入れだったらしい。受け取った部長は「あと十年は戦える」なんて言っていた。

「プログラム見たら、吹奏楽のステージ終わったら軽音部の演奏が始まるみたいだよ。早く行って、いい場所取らなきゃ」

 何も知らないムラモト先輩は、私が北大路と仲が良いから、当然ステージを見に行くというつもりで話をしてくる。平山も張り切っていて「絶対見に来いよ」なんて言っていたし、北大路も私が見に来ると思っていたようだけれど、正直気が進まない。
 北大路に好意を寄せる女子たちと並んでステージを見上げることが、私にはできそうにないのだ。