「おせーよ、たーこ。ほら、鞄寄越せ。」

この日、部活がなかった俺は、ボーッと尚子の帰りを待っていた。

「ごめんね。なんか…」
「ほら、行くぞ。俺、腹減ったー。尚子は?」
「私も…少し…」

付き合って半年にもうすぐなるが…

隣で歩いてた筈の尚子の姿が…

「おいっ!!そこで、止まってんじゃねーし!!」

雑貨ショップのセール品を見ては、騒いでた。


「これ、可愛い!あー、これも!」
「…。」

女と言うのは、どうして男が見ても可愛いと思えない物を見ては、可愛いと叫ぶのだろうか?

「尚子、俺…腹…」

『聞いてねーな、こいつ。』

溜め息をつきつつも、暫く騒いでる尚子を眺めては、ドキドキしてる俺…

「それ、欲しいのか?」
「んー、どうしよう?」

10分経過…

『悩みすぎだろ!ったく!!』

むんずと2つ尚子から奪い取って、レジへと向かう…


「いいの?」
「あぁ。んな高くはなかったし!行くぞ。」

今度は、尚子が止まらないように手を繋いで…

そう繋いで…

「周平くん?大丈夫?顔、真っ赤だよ?」

手を繋ぐのは、かなり恥ずかしい俺…

「きょ、今日は、暑いからな!!」
「そうかなぁ?くしゅん…」
「ほら、風邪ひくし!そこで、いいか?」

近くにあったサイゼリアを指差し、駆け込んだ。


「暖かいね!!」
「うん。ちょっと暑いけどな…。」

夕方の6時とは言え、割りと店内は混んでいた。

料理やデザートを頼み、暫く尚子と話す…


『今年は、初めてのバレンタインだから、くれるよな?』

そんな事を考えてた。

『尚子は、どう思ってるんだろう?』

付き合って半年…。

キスすら、なんか怖くて出来ない…


「周平くん?どうしたの?食べないの?」

目の前に料理が運ばれて来たのにも気付かなかった…

尚子は、割りと少食なのに胸が…

「ねっ、周平くん、ほんと大丈夫?鼻血出てるし。」
「…。」

『情けない…』

尚子に処置してもらってから、食事を楽しんだ。


「うほっ!さっみ!!」
「ほんと、寒くなっちゃった。」
「ほら、手貸せ…」

尚子のつけていた手袋を外して、手を繋いでコートのポケットに…

「こうすると、温かいから!」
「うん。周平くん、今日は、なんか優しい。」
「…。」

繋いだ手をちょっと強く握った…

「尚子の手、あったけ。」
「周平くん?」
「ん?なに?」
「あっ、うん。なんでもない…。あー、もうおうち着いちゃった。」
「じゃ、明日な。おやすみ。」
「うん。おやすみ~。」

軽く手を上げ、尚子が家に入るのを見届けてから家に帰る。



「えっ?またぁ?あんた、お金使いすぎよ?」
「んな使ってねーし。検定代!!」

『嘘ではない!』

母さんに文句を言われながらも、渡された2000円を財布に突っ込む…


「ふーん。バレンタイン、気になるんだぁ!!」
「…。」

妹の加奈が、ニヤニヤ笑いながら俺を見た。

「あっ、バレンタインもうすぐだったわね!!今年は、パパに何贈ろうかしら?」

母さんが、途端にキャッキャッと加奈と騒ぎ出す…


「お兄ちゃん、楽しみだねー。」
「…。」

加奈には、尚子と歩いてるとこを見られたからな…

「興味ねーよ。んなの…」
「ふーん。あっやし!!」

ベチンッ…

軽く加奈のおでこを叩き、加奈の俺を非難するする声を聞きながら、部屋へ戻った。


「バレンタイン、くれるんだろうか?あいつ…」

一旦気になり出すと止まらなくなる。直さなきゃいけないんだけども…


「おーい、周平くん?聞いてる?」
「あっ、なに?くれんの?」
「えっ?そりゃ、欲しいならあげるけど…。はい、卵焼き。」

俺の空になった弁当箱に少し焦げた卵焼きが一切れ入った。

「…。あ、ありがとう。旨いな、これ。」

少し焦げた味だが、割りと俺の好きな味だった。

「お前、その絆創膏どうした?」

尚子の指先に何枚か絆創膏が、貼られてるのに気付いた。

「あー、これ?ちょっとね。」

そういや、珍しくお弁当も…

「お袋さんは?」
「ん?風邪ひいたから、で、こうなったの!」
「ふうん。早く治るといいな。ごっそさん。」

空になった弁当箱を包んで、鞄にしまった。


次の日、尚子は、学校に来なかった…

次の日も、その次の日も…


「入院?お袋さん、そんな悪いの?」
「悪いというか、その…えっと…」
「なに?」

尚子が、いきなり顔を赤らめてモジモジしてきた…

「トイレなら、そこにあるが?」

廊下の突き当たりを指差した。

「…。」
「どうした?」
「出来たの…その…赤ちゃん。」
「…。」

『だ、誰の子だ!まだ、俺ら、sexもしてねーぞ!!浮気か?』

「だ、誰の?」

おそるおそる聞いてみた…

「パパ…。」
「えっ?」

『お前、近親相姦してんのか?おい…』

「嘘だろ?」
「ううん。ほんとだよ。で、それでなんかバタバタしてて、ほら、うち弟がまだ小さいから…」
「…せよ。そんなの…」

『お前は、俺の彼女だぜ?大切にしてる…とは思うが…。よりにもよって、自分の親と?おかしいだろ!』

「えっ?なに?」
「だって、おかしいだろ…」
「えっ?そうかな…」

『だから、どうして顔を赤くするんだ!』

「お前は、俺のなんなんだよ。よりにもよって…」
「ねっ、周平。声…」

いつの間にか、声を荒げていたらしく、周りの好奇心の目が無数に…

「俺は、認めないからな。そんなの…」
「…。」
「もし、産むんだった、別れるからな!!」

そう言って、逃げるように生徒会室に駆け込んだが、尚子は、委員会をサボッて俺に何も言わず、帰ったらしく、教室には俺の鞄しかなかった。

翌日、尚子は、学校に来なかった…

次の日も、その次の日も…

そして、バレンタイン当日…

来なかった…

学校には、風邪で休むと連絡があったと沼田が言っていた。


「あいつ、本気で別れたいのか?」

学校帰りに尚子の家の前を通ってみたが、誰もいる気配がなかった。


「えっ?お兄ちゃん。別れちゃったの?!」
「…。」

バレンタインにチョコを貰えなかった俺に加奈は、驚いた。

「いいんだよ。あんな奴…」
「理由は知らないけど…。ここに置いとくからね。ママと私からのやつ。」

加奈は、少しドアの前で立ち止まったが、そのまま下に降りていった。


尚子が居ない教室は、なんか味気ない。

『本当に体調を崩してるのか?単に、俺と会いたくないから休んでるのか?』

授業もろくに頭に入らず、何度も教科担任に注意された。


「お前、ここんとこどうした?」

と担任に呼ばれ、注意を受けるが、頭に入らない。入るスペースがない。

「あー、これ。石黒に渡しといてくれ。ちょうど、お前の家の近くなんだし。」

とプリントとお便りを渡され…


ゴクッ…

『いる、だろうか?もし、居なかったら?』

家の前を何度も往復しては、2階の尚子の部屋を見つめてた。

「あの?」
「…。」

急に声を掛けられ、振り向いたら…

知らない男と尚子が、いたが…

尚子は、男の後ろに隠れた。

「これ、渡されたから…」

尚子にプリントとかを無理矢理渡し、逃げるように走った。

「あっ、ちょっと君!!」

背中にその男が俺を呼び止める声が聞こえたけど…

尚子は、少し痩せていたような気がしたが…

その夜、尚子から、ラインはこなかったが、メールが届いてた。

≫明日、話があるから皆がくる前に学校の屋上にきてくれる?
≫うん。

『折れも覚悟を決めないとな…。尚子には、どんな関係でも幸せになってほしいし。』


翌日、いつもより早く家を出て、学校に向かった。屋上は、少し寒かったが、尚子は先に来ていた。

「あっ、周平くん。おはよう。元気だった?」
「うん。おはよう。お前は?」
「まっ、元気かな?飲む?」

水筒から温かそうな湯気と甘い香りが漂ってきた。

「ココアか。」
「うん。前に言ってたでしょ?寒くなると飲みたくなるって。」

『言ったのかな?覚えてない。』

「なぁ、尚子?俺達…」
「周平…あのね…」

同時に口を開いた俺達…

「どうぞ。先に言えよ。」
「うん。こんなこと言っていいのか、わからないんだけど…」

『いよいよ、か…』

「私、好きだよ?周平のこと!!」

いきなり尚子が、抱きついてきた!

「えっ?えっ?なんで?はっ?だって、おま…」
「周平、大好きだもん!!それに…」
「なに?」

嬉しいような、悲しいような、複雑な俺…

「私、まだ、その…経験ないから…」
「はい?だって、お前…赤ちゃんどーの…えっ?」

何がなんだかわからない…

「周平、なんか勘違いしてない?」
「はい?」

冷めて冷たくなったココアを飲み干した。


「赤ちゃん出来たの、ママなんだけど?お腹の子の父親は、パパだし。」
「うん。お腹の子の父親…パパ。ん?パパ?!父親は?!実の?」
「そうだよ?秋に私の弟か妹が産まれるって。1度、流産しそうになったから、急遽病院に入院したり、弟が体調を崩したりで…」
「…。」

俺の勝手な早とちりだったらしい…


「それで、あの…これ…迷ったんだよ。バレンタインかなり遅れちゃったし…もう、ダメかな?これ…」

可愛い袋に入ったバレンタインのチョコ…

「ありがと。俺、お前を好きになって本当に良かったよ。」
「えっ?ほんと?良かった。周平、なにも言ってくれないから、私のこと、好きなのかわからなかった。」

『言ってると思ってたが?』

「で、周平の話って?」
「えっ?あっ、いや!これ、食べてもいっか?」

『まさか、実の父親と近親相姦してたなんて、勝手な想像してたなんて言える訳がない!!』

「旨いな!ちょっと不格好だけど!」

真ん丸なチョコを一口入れると、なんかあまじょっぱかった…

「周平?なんで、泣いてんの?!私、なんか言った?」
「いや。今日が、最高に嬉しい!!」


そして…

「お前、俺の授業舐めてんのか?」
「す、すいませんっ!!気を付けます!」

いつもは、ガミガミとうるさい担任の小言も短く感じた。

「まっ、悩みが解決したらしいし、帰ってよし!」

無事に釈放され…


「ほら、手。」
「うん…」
「お前、手繋いでないと、すぐ…」
「周平?大好き!」

手を離され、腕に尚子が絡んできた。

初めてのバレンタイン。ちょっと遅れたけど、素敵なプレゼント貰えた。

「周平くん」から「周平」に昇格!!

「ほら、行くぞ!!」


『いつか、絶対にキスするぞ!!おでこに!!唇は、まだ恥ずかしい…』