ある満月の夜に若いサラリーマンが俺の住む川に婚約者への指輪を落とし、一緒に探してやってのはもう半年も前だったろうか。

あれ以来、啓介と名乗るそのサラリーマンは時折、俺のねぐらにビールをもって訪ねてくる。

やれ、彼女と喧嘩しただの、指輪を渡したら喜んでいただの、何かにつけて報告にきた。時には千鳥足で、時には蒼い顔で。一見のろけに見える話であっても、啓介が俺のところに来るときは、何かしら相談事があったり、背中を押して欲しかったりするときだった。彼女とのことに一喜一憂する啓介を見て、あぁ、恋とはこんなものだったな、と啓介と見たことないもないアンナとの幸せを願っていた。

アンナが啓介の会社の後輩であるサトミに執着しているかもしれないと、啓介が相談に来てから二ヶ月。啓介の訪問がぱったりと止んで、俺は啓介のことが、少し心配になっていた。

ねぐらの段ボールを引っ掻く音がしたのは、それから一週間した時だった。

ズルズルと音をさせながら段ボールの引き戸をあけた。
目の前にはすでに出来上がった啓介が、泣き笑いの顔で立っていた。

よう、あんちゃん。久しぶりじゃねぇか。

何かあったんだろうなということは一目でわかった。

啓介はなんとか笑顔を作りながら、いつも通りコンビニのビニール袋を俺の前にちらつかせた。

お久しぶりです。付き合ってくれませんか。

いつもの場所に腰を下ろしながら、俺は受け取った缶ビールをあけた。
ほら、あれだな。缶ビールを開けるときの音ってのはいいもんだ。歯切れが良くて気持ちがいいといつも思う。

啓介が、ぽつりと
別れたんです。

と言った。

しばらく顔を見せなかったら、色々あったんだろうということは予測がついた。

そうか。まぁ、そういうこともあるさ。

もし啓介が話したいなら話せばいい。俺はそうとだけ言って、啓介の様子を横目で確認した。

啓介は手元のビール缶に目線を落とし、その表情はよく読めない。


あの後、啓介はずっとアンナを優先した生活をし、アンナもそんな啓介の様に二人の仲は良くなっていったらしい。しかし、ほんの少し気が緩み、啓介は会社の飲み会でサトミと言葉を交わし、あまつさえそれをポロっとアンナに話してしまったらしい。

啓介は、私がどれだけ嫌な思いをしたか、あれだけ話したのにわかってない。私の言葉を軽んじるのは、私が啓介にとってどっちでもいいからなんでしょう。

そう言って、今日、振られてしまったのだそうだ。啓介は縋ったが、アンナの意思は固く、アンナ自身もまた傷つけられたという意識を捨てることができずに苦しんでいるようだったらしい。
泣きじゃくるアンナに啓介は別れに同意するしかなかった、と言った。

ビール缶を片手に泣き笑う啓介は、結局、丸い月が西に大きく傾くまで、河原にいた。