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 ある日のお昼休みのことだった。


 鞄からお弁当を取り出して、裕子は言った。



「ねぇ、お弁当いつも教室で食べてるから、今日は気晴らしに屋上行って食べない?」



 わたしと裕子は、普段教室でお弁当を食べている。裕子から屋上で食べようと言ってきたのは、珍しいことだった。


 たまには違うところで食べるのもいいかも知れない。わたしは「いいよ」と頷いて、席を立つ。そのとき、偶然萩原くんの席に居た牧原くんが、わたし達の後ろでぼそりと呟いた。



「あ、俺らも屋上行くか」



 彼は牧原秀俊(まきはら ひでとし)くん。萩原くんと最も仲が良く、彼はいつも、休み時間になると萩原くんの席にやって来る。



「うん。別にいいけど」



 牧原くんは少しガタイが良い。それでも体全体のバランスはほど良く、引き締まっている部分もちゃんとあるから、全体的にスタイルは良かった。


 それと、やんちゃなところが多く、発言がやや軽い。明るいムードメーカーで、誰とでも馴染めるようなそんなタイプだった。わたしはまだ、そんなに慣れ親しんで話したことはないけれど、きっと良い人だと思う。



「あんたらも屋上?」

「うん。…悪い?」

「…悪いとは言ってないけどさ、なんか真似されてるみたいでムカつく」

「いや、単なる思いつき」

「こっちが先に思いついたんですけど?」



 わたしは黙って、牧原くんと裕子の会話を聞いて眺めていた。そのとき、廊下の方からこちらを覗き込む、人影のようなものが視界の片隅に入った。


 気になって瞬時にそちらへ視線を向ける。


 だが見た途端、既にそれは消え去っていたあとであって、結局その正体が何だったのかはわからなかった。



***




 結局あれから、四人で屋上に上がった。


 屋上の扉を抜けた先は、開放感があった。陽の光が眩しくて、果てしなくある青空が一面に広がっている。



「誰も居ないねー」

「ほんとだ」



 確かに見たところ誰も居ない。どうやらわたし達だけらしい。



「みんな今日は教室で食べてるんじゃないの?」

「そうかもな」



 屋上の片隅には、おそらく三人程は座れそうなベンチがふたつ並んでいる。



「ねえっ、あっちで食べようよ」



 裕子はベンチに目掛けて走り出した。わたしも、裕子の後を小走りしながらついて行く。