「…うん。まあね」



 わたしと目が合った萩原くんは、何故かその視線を逸らした。



「珍しいね。二人して遅刻しそうになるなんて」



 裕子がイタズラっぽい笑みを浮かべて、わたし達を交互に見やる。



「何もないってば」



 小声になって、わたしはしーっと唇に人差し指を当てる。



「わかった、わかった」



 だけど裕子の表情はずっと緩みっぱなしだ。絶対変な妄想している。


 そのあと、間もなくして担任の先生が入ってきた。



「おはよーう」



 わたしは彼女に少し呆れながらも、ホームルームでの先生の話しを黙って聞いていた。



 ……裕子にあとで話さなきゃ。



 ホームルームが終わったあと、暑さのせいもあるのか、クラスのほとんどがダラダラと気怠そうに次の授業の準備を始めていく。六月を過ぎてから、もうブレザー姿の生徒はあまりいない。



 ――もうすぐで夏が始まる。



 ぼんやりとそんなことを考えながら、勉強道具を取り出した。


 今日は移動教室が多いので少し億劫だ。わたしと裕子は一緒に理科室へ向かった。


 向かってる途中、わたしは小声で裕子に話し掛けた。



「ねえ、裕子…」

「何?」

「わたし、今朝夢見たの。…しかも、萩原くん出てきたんだ…」

「えっ…マジ?」

「…うん。時々見る夢なんだけど、いつも一緒に空を見てる男の子が居て…。でもいつも顔がよく見えないの。…でも今日はハッキリと見えて、それが……」

「萩原だったの!?」



 裕子は 教科書とノートを抱きかかえながら顔を前に突き出し、大きく目を見開く。



「う、…うん」

「凄いね、それ。……もしかして運命の人だったりしてー」



 夢で見ただけだし、運命の人であるかどうかはわからないけれど、でも――。



「で、でも、萩原くん他に好きな子がいるんだって…」

「好きな子って…もしかして…」



 裕子は、数秒黙考してから口を開いた。



「…そう言えば牧原から聞いたけど、萩原と花咲さんと別れたんだって?」

「うん。…別れたよ」

「…あたし、萩原の好きな人わかったかも」

「え? だ、誰?」

「教えなーい」



 語尾に音符マークでも付けたかのような言い方だった。裕子はニヤついた表情でわたしから顔を逸らす。