カチャッ…

冷たくて重いドアを開けると、小さな折り畳みの椅子に小さな男の子が、俯いたまま座っていた。

「涼太くん?」
「…。」

パパは、かつて弟だった菊地康平さんに駆け寄るも既に、物言わぬ身体になって、棺に納められていた。

「涼ちゃん?覚えてるかな?叔母さんのこと…」

ママが、椅子に座っている涼太くんに目線を合わせるようにしゃがんで、顔を伺っていたが…

「うん。」

小さく一言頷いただけで、また俯いた。


コツン…

「あの…」
「あっ…」

黒いスーツが、よく似合う細身の男性が近づいてきた。

「確か、康平の…」
「田口さん、ありがとうございました。」

『康平叔父さんのマネージャーさん?だったかな?』

「色々ありがとう。」
「いえ…。自分の方こそ、かなり助けて貰ったんで。でも…」

言葉を濁しながら、涼太くんを見ていた…


「少しいいですか?これからの日程を…」

田口さんとパパとママが、家族室から退席していった。

後に残されたのが、私と涼太くん…


「ねっ…涼…」

声をかけようとしたけど、涼太くんの肩が震えてた。

「泣いてもいいんだよ?泣くの嫌?」
「うん。」

小さな握りこぶしが、また震えた…

「男は…泣いちゃ…ダメッて…パパ…」

小さな涼太くんを抱き上げ、座り直した。


私が、初めて涼太くんに会ったのは、確か涼太くんが3歳の頃だったかな?あの時、七五三のお祝いをして、慣れない羽織袴で歩いてコケて、叔父さんが笑いながら怒ってた。

あれから、3年かな?

もともと父子家庭だったから、叔父さんが仕事の時は、ベビーシッターさんに任せたり、仕事先に連れてきたりしているとは聞いてたけど…


「パパ…」

いつの間にか涼太くんが、眠っていたらしく、パパ達が戻るまで眠り続けた。



カチャッ…

「李衣…」
「…。」

物音で目を覚ました涼太くんが、ドアの方をチラリと見て、また眠りだした。

「そろそろ、出てくるけど…。おい、涼太?」
「涼ちゃん?そろそろ、パパ…」

それでも、降りようとしないから、抱っこしたまま、炉前ホールに向かった。



「違うよ?」
「…。」
「パパじゃないっ!!」

『確かに叔父さんなんだけど…』

いざ、焼かれた骨を拾う段階で、涼太くんが言った。

パパもママも田口さんも、困った顔をしていた。

「涼太くん?」
「やだっ!!パパじゃないっ!!パパじゃないっ!!こんなの…こんなの…違うーーーーっ!!」


『やはり、6歳の子供には、焼かれた骨を見せるのは、残酷だったのでは?』

床に寝転び、大泣きで暴れる…


「あなた…」

ママが、不安そうにパパを見つめ、パパは私を…

田口さんを見たら、頷くし…


「ねっ、涼太くん。パパね、眠いんだって。だからさ、ベッドに入れてあげようよ。」
「ふぇっ?ベッド?」

涼太くんが少し静かになって、寝転んだ状態で私を見た。

「うん。おうちのベッドより、かなり狭いけど、ここに入れてあげないと、パパ寝れないんだって…。お姉ちゃんも手伝うから!!ねっ!!」

半ば強引に抱き起こし、なんとか骨壺に納める事が出来た。

「パパにおやすみって…。」
「うん。パパ?おやすみ。明日は、起きてね。」
「…。」

泣くのが落ち着いたママは、その一言でまた…


家に着いた頃には、夕方になっていたから、夕飯は外で食べた。


「じゃ、暫くはパパ達いるんだ!良かった!」
「あぁ。喪が明けるまではな。」
「で、涼ちゃんのことなんだけど…」
「うん?重い…。寝かしてくる。」
「そうね。当分、あなたの部屋でいいわ。小さいし。」

家に帰ってからも、涼太くんが私の側を離れない!寂しいのかもだけど…

部屋に涼太くんをなんとか寝かし、リビングに戻ると、パパは書類をみていた。


「あぁ。李衣、ちょうどいい。」
「なに?もぉ、疲れた。なかなか服から手が離れなくて。」

結局、なんとか服を脱いで、別の服に着替えてきた。

「小さいからね。あんなことあったばかりだし…。」
「だな…」
「で?そういや、パパ太った?」
「…。」

アメリカへ夫婦で渡米して、パパ達に会うのは久し振りだった。こんなことだったけど…。

「1週間後に、告別式をやることが決まったらしい。」
「あぁ。事務所の?」
「そうだ。明日、社長が戻ってくるから、また出掛け…」

いきなりリビングのドアが、開いて涼太くんが顔を出した。

「起きちゃった?」

涼太くんが、また私の身体に抱きついてきた。

「パパは?お仕事?」
「涼太?」
「涼ちゃん?」
「パパ帰ってくる?」

肩をギュッと捕まれ…

「寝かしてくる。ついでに、寝てくる。」
「あぁ、おやすみ。」
「おやすみ。」

部屋に戻っても、涼太くんは私の側から離れない…

「パパは?」
「お空、かな。」
「お仕事?帰ってくる?」
「帰って…こない。けど!!ちゃんと、お父さん涼太くん…」

駄目だ!!こんな小さな涼太くんだって泣くの我慢してるのに…

抱き締める手に力がこもる…

「お姉ちゃん?パパ、死んだの?ママのとこ行ったの?」
「わかるの?」

小さく頷く…

「夢の中で、ママに会ってね!!ママ嬉しそうだったのに、僕は、おじいちゃんになったらおいでって!!」

『ママも、お空の上か…』

「でもね、ちゃんと、ママとパパ。涼太くんの事、見守っててくれてるから…」
「うん…。」

暫く抱き締めてたら、また眠っちゃって今度は二人でベッドで寝た。


翌日、小さな骨壺の隣には、笑った顔の康平叔父さん、涼太くん、涼太くんのママの3人の絵が描かれて飾られていた。


「モデルしてたんだよね?」
「んー?知らない。けど、パパの周りにいっつも怖い人がいて、お写真撮ってた…」

その絵を見ながら、涼太くんが、私の絵を描き、ちょっとずつ話してくれた。ママ達は、事務所に行ってるから、お留守番。

「涼太くん、絵、上手なんだねぇ。大好き?」
「うん!!おうちにいーっぱい貼ってあるの!!出来た!」
「おっ!!」

小さい頃に描く人物って、頭が平らになったりしてるのに、ちゃんと丸くなってる。

「ねっ!!お庭出ようか?お花咲いてるし!」

庭にレジャーシートを敷いて、クレヨン片手に涼太くんが、絵を真剣に描く姿をのんびりと眺める…。

「これ、チューリップだぁ!でも、変わった形ー。」
「オランダチューリップ。少し花が大きいけど…。」

去年の冬に植えた球根が、成長して綺麗な花を咲かせてる。

「これは?なーに?」

たった1本だけ花を咲かせてる鈴蘭…

「鈴蘭って知ってる?」
「ママ!!」
「えっ?ママ?」
「うん!ママのお名前!!パパ言ってた。」
「へぇ!!可愛いでしょ?」
「うん。お姉ちゃんも可愛い…」
「…。」

少し精神が落ち着いてきたのかな?にしても、涼太くんのママって、中国人?


「…な訳ねーよ。日本人!」
「だって、涼太くん、鈴蘭見て…」

涼太くんが、大人しくアニメを観てる時に、パパ達が反ってきて、聞いてみた。

「確か、下の名前が鈴蘭と書いて、りらだったかな?」
「俺も詳しくは知らんが…。」
「まぁねぇ。どうしたの?涼ちゃん。」

アニメが終ったらしく、私のところに…

「母親代わりみたいね。」

ママはのんきにお茶を啜り、パパ笑ってるし…

「お姉ちゃん…大好き。」

お風呂、トイレ以外は、私にくっつきっぱなしだった。


そして…

「おじちゃん、アメリカまた行くの?」
「もう大丈夫だろ?」

涼太くん、不安そうに私とママを交互に見る。

「夏休み位には、また帰ってくるから…。」
「ほんと?そしたら、またパパとママんとこ行ける?」

『墓地かな?』

「家から割りと近いから、李衣連れてってやれ。」
「うん。パパ、ママ、気を付けてね。あと…」
「なーに?」
「お土産よろしく!!じゃ、涼太くん、帰るよ!」

呆れ顔のパパとママを見送って、涼太くんと空港通りをブラブラしながら、家に帰った。

「あーっ!!飛行機雲ーーーーっ!!」

涼太くんが指差した空には、真っ青な空に1本の白い飛行機雲が、残っていた…