『ただいま。』


玄関に、黒いハイヒールが一対。



「おかえりなさい、祐介。
先生、もういらっしゃってるわよ。」


『はい。』



部屋に荷物を置いて、楽譜だけ持って行く。






――また、“苦痛な音”を弾かなければいけない――






「祐介君、こんばんは。」


『こんばんは。』



うざったい。

下手な笑顔むけんな。


「譜読みはしてきた?」

『はい。』



しろって言ったのお前だろ。



「それじゃあ、弾いてみて。」


『はい。』



どうせ……

“僕の音”は認められない。

この人が欲しいのは、“プロと同じ音”。



僕は、僕らしいピアノは弾けない。




弾くことを許されない。





あぁ、僕は……



僕のピアノが弾きたい…








「うん。基本は大丈夫ね。
問題ないわ。あとは細かいところを見ていきましょう。
始めに、この小節は………」








はぁ………

めんどうくさい…







ストレスというものか………



イライラしてたまらないんだ。






作られた笑顔に応えて、

強制された音だけを奏でて、


僕の自由な音は認められない。















もう………



限界だ…………