ひだまりのようなその形に幸福論と名前をつけたなら

朝起きて、制服に着替えた。
誘拐犯さんが仕事に行くくらいの時間に家を出て、駅に向かう。

がたん、ごとん、電車に揺られながら、本を取り出して読書をした。
物語に出て来る男の人は少し愛想のない、けれど優しいお兄さんで、どことなく誘拐犯さんに似ていると思った。

学校について、担任に謝った。

「次からは、ちゃんと来るんだぞ」

現時点でちゃんと来ているというのに偉そうに言うその口ぶりに口答えせず、はい、と静かに返事をした。

教室に入ると、それまでお喋りをしていた生徒たちの目が一斉に私に向くのが分かったので、にっこり笑って挨拶をする。


「おはよう」


そうすれば皆も返してくれて、ちらほらと声をかけてくれる。
喋らないわけではない、けれど特別仲がいいわけでもないクラスメイト。


「結構休んでたけど、どうしたのー?」

「ちょっとね、家の事情でね」

「そっかー」


こういう時、家の事情という言葉は大いに役に立つ。
私の両親のことを知っている心優しいクラスメイトは、それ以上追及もせずそそくさと自分のグループの輪に帰っていった。