ひだまりのようなその形に幸福論と名前をつけたなら


居ても立ってもいられなくなって、私は誘拐犯さんに言った。


「……降ろして」


ここで降りれば、自分の家まで歩いて何とか帰れる。
このまま誘拐犯さんの家に帰ってしまえば、何もかも、全部を汚してしまう気がした。

今まで約2週間、息を潜めてひっそりと、幸せに暮らした非日常を壊すのがこわかった。


誘拐犯さんが私の目を見た。スローモーションみたいにゆっくりとした動きに見えた。

もしかすると誘拐犯さんは、私のこの言葉を予想していたのかもしれない、と思った。
あれだけ惨めに怒られた私は、きっと逃げ出すと。

あるいは、本当に驚いているのかもしれなかった。
私には、誘拐犯さんの考えていることが分からない。それはお互い様だ。

車が逸れて空き地に停まる。

引きとめられる期待など端からしていなかった。そもそも私たちは、いつまでも一緒にいられるような関係ではないのだから。

どちらにせよ誘拐犯さんは私を降ろす。分かりきっていたことだから、私は表情一つ歪めず車を降りる。