ひだまりのようなその形に幸福論と名前をつけたなら



約2時間後、漸く担任から解放された私たちは、車内で尚も黙っていた。

両親が死んで、1人暮らしをしていたということ。
それを知られてしまった以上、私はもう、誘拐犯さんに言えることは何もない。誘拐犯さんが何も言わないこと、それが唯一の救いだった。

誘拐犯さんもきっと、かける言葉がないのだろうと思った。
バックミラー越しの誘拐犯さんは真っ直ぐ前を見ている。
事故をしてしまってはいけない。そんな常識と、早く家に帰りたいという願望。そのどちらもが、誘拐犯さんに前を向かせる。


私は、前を向く理由すら見つけられない自分が嫌になった。
超惨め。
あんだけ好き勝手言われて、私は何も言えなかった。
いや、言わなかったのだ。理不尽極まりない否定の言葉に、反論の言葉さえ出なかったのだ。

私は悪くない。悪くない。

自分以外の人間を否定して、自分を必死に肯定する。それはあの教師と変わらないけれど、そうでもしていなければ心が折れてしまう。


多分今の私は、酷い顔をしている。
家族が死んでも泣かなかったのに、自分が何か言われると弱いのだ。
ああ、本当に、私はどこまで捻くれているのだろうか、と。
どうしようもない嫌悪感。自分がここにいること、今、優しい人の隣に座っていること。自分に対する嫌悪感で吐き気がした。