話の内容は、私の家庭のことについてだった。矢張りかと、心底うんざりしてしまった。
誘拐犯さんだけには知られたくなかったのだ。
たった2人、何も知らず、何も知ろうとせず、出会ったときのままの関係で過ごしてきたルールを、壊されるのがどうしようもなく嫌だった。
変な同情。それこそが人を一番傷つけることになると、目の前のこの教師は知りもしない。
担任の必要以上に大きな声は、とてもじゃないけど聞いてなどいられなかった。
優しく、静かに、あたたかく離す誘拐犯さんとは何もかもが違うその声。
「ご両親が亡くなって悲しいのは分かるが、きちんと学校に来ないとご両親も悲しむぞ」
「そもそも、君は人と壁を作りすぎる。自分と他の人が違うと思い込んで不幸に浸るのはよしなさい。皆誰だって、何かしらの不幸があって、それでも生きているんだ」
うるさい。うるさい。
私は別に、不幸をひけらかしているんじゃない。
そんなもので自分の価値を見出すような馬鹿じゃない。
けれど私に、それを否定する権利は与えられない。大分前に産まれた、ただそれだけの理由で、この人はどうしてこうも人を否定できるのだろうか。
そう考えて、私の脳内が目の前にいる人間を否定していることに気付いて愕然とした。ああやっぱり、私は心底捻くれた人間だと思い知る。
担任は尚も、私に言う。そこに誘拐犯さんがいるのに、私に説教をする。自分の言っていることこそが正しいのだと思い込んで。
「ご両親が亡くなって、もう2年だろう?そろそろなぁ…」
まるで私が出来の悪い子供だとでもいうように、控えめに、ちらりと此方を見て言った。
それでも私は何も言わなかった。何も、言わなかった。
笑って席を立った。
あなたは本当に、何も知らない。
「先生、私別に、自分が不幸だなんて微塵も思ってませんよ」
ただ、幸せになるのがこわいだけ。
