車内は馬鹿みたいに静かで、沈黙が重く、しとしとと降り積もる。
自分が傷つくのがこわい私は、誘拐犯さんの顔は一度も見なかった。
誘拐犯さんも、私を一度も見なかった。
窓の外では桜の木が潔く花弁を散らしている。
来たばかりのときにはまだ咲いていたけれど、この短い時間で随分と寂しくなってしまったなぁと思う。
誘拐犯さんとの沈黙は、今までは心地の良いものでしかなかった筈だった。
だというのに、今この車内は、逃げ出してしまいたくなるほどに居場所がない。
怒り、妬み。
それとは違う、よく分からない恐怖がせり上がってきて口をきゅっと結ぶ。ひとりのときのあの感情と、似ているけれど少し違う。
今、この感情を口に出してしまったら、酷く醜く、ざらざらなものになってしまうと思った。
