結局誘拐犯さんは私の親戚ということで、学校へ向かうことになった。

車の助手席、バックミラー越しにそっとお兄さんの表情を窺うも、誘拐犯さんは終始不機嫌な顔つき。不機嫌になると目を細めて眉間に皺が寄るのは、どうやら誘拐犯さんの癖のようだった。喜怒哀楽の表現は下手くそなのに、こういうときだけ嫌に伝わってくる。

学校とアパートはそれほど遠いわけでもなく、車で行ける距離ということだったので、こうして隣に乗っているのだけれど。

幼い頃にこういう経験をしたことがあまりないが故に助手席に乗るのは新鮮で、何度乗ってもワクワクするのだが、運転手がこれだとどうにも楽しめない。

あんまり嫌そうな顔をするものだから、ついつい億劫になって何度も何度も表情を窺っていれば、やがて、誘拐犯さんが溜息をついた。びくりと肩を揺らすだなんて私らしくないけれど、ビビってしまったものはしょうがない。


「…いいよ、別に。そんな気にしなくて。俺が連絡しなかったのもいけなかったし」

「…へ、」

間抜けな声が唇の隙間から零れた。
ぽかんと誘拐犯さんを見る。誘拐犯さんは、ちらりとも此方を見ようとしない。



「そもそも、行きたくないって言ったとき、ちゃんと行かせておけばよかった」


その言葉を予想外だとは微塵も思っていなかった。ただ、目の前のこの人の口から発せられた言葉だということを信じたくなかった。

それは、紛れもない正論。
世間一般的にはきちんと学校に通う生徒が正解なのであって、高校は義務教育ではないといえ、不登校、ましてや名前も知らない男の人の部屋に泊まりこんでいるだなんて、知れば大人は怒るのだろう。

どんなに優しくても、いくら心が広くても私が誘拐犯さんに迷惑をかけていることに変わりはないし、間違っているのは明らかに私。



それでも、やっぱり少しこわいと思ってしまった。
きっと無意識。誤差の範囲に入るような少しの声の変化でさえも、こわい。