翌日の朝学校に行くと不思議なことに生徒が一人もいなかった。廊下を歩いても誰も通らない…。

球次「今日って…休校日だっけ?」

不安に思いながら教室に行くとやはり誰もいない。
 
球次(帰ろ…)
 
休んでいた間のプリントを取るために机の中を見ると小さな紙切れが1枚だけ入っていた。
 
球次「なんだろう。」
 
その紙を見ると '' 体育館へ '' と書かれていた。
 
球次「朝礼をやってるから誰もいなかったんだ!」
 
と、一人で納得してロッカーに荷物を置いた。
 
体育館に行くとドアの内側に暗幕が掛けてあり中の様子が分からなかった。
 
思いきって暗幕を開けると、そこには全校生徒が集まっていた。
 
ステージの上にいた先生と目が合った。するとその先生が、
 
先生「せーの!」
 
と、何かの合図をした途端全校生徒が振り返り、手に持った何かを上に向けた。
 
全校生徒「球次くん!退院おめでとう!!」
 
そう言うと一斉にクラッカーを鳴らした。
 
俺は一瞬何が起こったのか分からなかったが、何故か自然と目から涙が溢れていた。
 
球次「……とう!皆ありがとう!!」

俺は幸せ者なのだと感じた。この時俺は皆への感謝の気持ちでいっぱいだった。


 
 
あれから5年が過ぎた。
 
あの時のことは今でも鮮明に覚えている。まぁ忘れられるわけがないんだけど。
 
あれから俺は猛勉強して大学に進学した。
 
何故かって?それは…
 
?「……せー!先生ってばっ!」
 
球次「あっ、ごめん。」
 
そう、俺はいま教師になって子供たちと一緒に勉強し、部活もやっている。
 
生徒「考え事でもしてたの?」
 
球次「まぁね。昔のことを思い出してたんだ。」
 
生徒「へー、変なの。」
 
球次「そんなに変か?」
 
生徒「だって先生はいつも先の話しかしないじゃん。」
 
球次「そういえばそうだな。っと、そんな事より俺に何か用があったんじゃないのか?」
 
生徒「そうだった!あのさ、今日の部活が終わったあと自主練に付き合ってよ。今日こそ1ゲームくらい取ってやるからさ。」
 
球次「おっ、いいね!んじゃ俺も本気出すかな。」
 
生徒「えー、ちょっとは手加減しろよな。」
 
球次「そしたら練習の意味がないだろ?」
 
生徒「まぁそうだけど。とにかく自主練付き合ってね!んじゃね〜」
 
球次「はぁ。仲がいいのは良いけどあのタメ口はどうにかしないとな…」
 
?「どうしたんですか?ため息なんてついて。」
 
球次「あ、奏…先生。」
 
奏は小学生の頃から先生になるのが夢だったらしく、試験に受かって先生になれたら一緒の職場がいいねと話していたら本当に同じ学校になったのだ。
 
奏は高校時代を活かして女子テニス部の顧問をしている。

奏「やっぱりまだ慣れないねこの呼び方…。」
 
球次「そうだな。早く慣れなきゃ。」
 
奏「球次先生。」
 
球次「どうしました?」
 
奏「家に帰ったらお話があるので今日は早めに帰ってきてくださいね?」
 
球次「生徒の自主練に付き合う約束をしてるから早めにっていうのは無理かもしれないけど今日は早めに切り上げるようにするよ。」
 
奏「ありがと。それじゃあまた後で。」
 
球次「あぁ。」
 
 
放課後、部活が終わり約束通り自主練に付き合う事にした。
 
結果この日も1ゲームも取られることなく試合は終了した。
 
生徒は悔しがっていたがとても楽しそうだった。
 
 
帰りの電車の中でまた昔のことを思い出して泣きそうになった。とっさにあくびをするフリをして誤魔化した。
 
 
駅に着くと奏が待っていてくれた。
 
奏「家に帰ろっか。」
 
奏の言葉にさっきこらえた涙が出てきてしまった。
 
奏「どうしたの?」
 
球次「目にゴミが入ったみたい。」
 
こんな誤魔化ししか言えなかった。帰りは久しぶりに奏と手を繋いで帰った。
 
 
家に帰るとソファに二人で腰掛けた。
 
球次「それで話ってなんだ?」
 
奏「えっとね、……たみたい。」
 
球次「ごめんちゃんと聞こえなかった。」
 
奏「お腹の中に赤ちゃんがいるの。」
 
球次「まじか!」
 
奏「うん!まじだよ!」
 
俺は奏を強く抱きしめた。 
 
球次「嬉しいよ。」
 
奏「大袈裟だな〜」
 
球次「父さんと母さんには?」
 
奏「まだ言ってないよ。球次に一番に伝えたかったから。」
 
球次「ありがとう!明日は休みの日だから両親に伝えに行こうか。」
 
奏「うん!絶対に喜ぶだろうな〜」
 
球次「名前決めないとな。」
 
奏「もう?気が早いよ。」
 
球次「そうか?まぁでも早いに越したことはないだろ?」
 
奏「そうだけど、ゆっくり二人で決めていこう?」

球次「そうだな。」

俺と奏の初めての子供、この子には自分のような苦労はして欲しくないと思った。自由に、そしていろんな人と触れ合って強く生きて欲しい。夢に向かって一直線に強く強く生きて欲しい。

 
奏と話し合って ''千尋(ちひろ)'' に決めた。この名前には、角のない優しい子に育って欲しいという俺と奏の思いがこもっている。
 
俺と奏は千尋を二人で精一杯愛情を込めて育てることを約束した。
 

それから何年か経って今は三人で仲良く暮らしています。
 

いつかあの時の恩を返す事ができると信じながら……。


END