今俺は死んだふりをしている。

球次(死んだふりなんて何年ぶりだろ。)

外からは奏が慌てて電話をかけている声が聞こえる。

奏「…球次が!……はい。早く来て下さい!」

球次(何気演技力高いな。)

呑気にそんなことを考えつつも両親が来るのを待った。


父と母は5分くらいで病院についた。

俺はリアル感を出すために顔に白いハンカチをかけていた。

母は俺を見るとその場で泣き崩れた。父は母を立たせるとベッドの横まで母を支えながら歩いてきた。

そして、俺の顔にかけてあるハンカチを取った。

バレるかとヒヤヒヤしたが父と母は一緒に泣いていた。

さすがにそろそろ可哀想に思えたのでバラすことにした。

母「球次…」

球次「2人して泣いてたら起きようにも起きれないじゃん。」

父母「球次!?」

母はまだ泣いている。

父「よかった…本当によかった!」

球次「2人を驚かせたくて。」

奏「大成功だったね。」

球次「奏の演技にはびっくりしたけどね。」

奏「良かったでしょ?結構頑張ったよ。」

母「ホントに心配したんだから!」

球次「ごめんってば。普通に伝えるのはつまんないし。一度はやってみたかったし。」

父「それで、退院はいつになりそうだ?」

球次「もうしばらくは様子見らしいからまだかかるかも。」

父「そうか。いつ帰って来てもいいようにしておくからな。」

球次「ありがと、父さん。」

父「母さんにもお礼言えよ?神社まで行って御参りしてたんだから。」

母「それは言わないでよ。恥ずかしいから。」

球次「母さんも俺のためにありがとね。」

母「息子を応援するのは親として当たり前よ。」

今度は俺が涙を流していた。

父と母は何も言わずに俺を抱きしめてくれた。


父と母は近所の人にも伝えると言って帰ってしまった。

球次「俺、今初めて生まれてきてよかったって思ったよ。」

目からは涙が溢れて止まらなかった。

奏「これからもそう思える時を作っていこうよ。」

そう言って奏は俺をそっと抱きしめてくれた。

両親とは違うぬくもりを感じた。俺はその中でいつの間にか眠っていた。


2週間が過ぎ、俺はリハビリを始めた。入院して日が浅かったからかあまり体はなまっていなかった。

でも、自分でも感じていた。

球次(テニスはもうできないだろう。)

正直言って悔いはなかった。自分のやれることをやりきり優勝まで出来た。

強いて言うなら、死ぬまでテニスをしていたいという願いを叶えることができなかった事だろうか…。

俺はリハビリを続けながら自分の将来について考えていた。

就職はかなり難しいだろう。収入が安定しなければ奏との約束が守れない。

球次(やる事が多すぎて体が追いつかないな。)

その日はリハビリを早めに切り上げ病室に戻った。


奏は3年生の最後の大会が近いと言っていた。

球次(しばらくは病室に来られないだろうな。)

俺はそう思いながら側にあった読みかけの本を手に取ると栞が挟んであるページを開いて読み始めた。

いつの間にか夕方になっていた。

病室に置いてある本はすべて読み終わってしまった。

次の日から俺は日記を書き始めた。日記と言っても眠いとか今日は元気だとか簡単なことを書くだけだった。


日記を書き始めて1週間がたった。

球次「楓太たちは明日が最後の大会か。勝ってほしいな。」

???「勝つに決まってんだろ。優勝して来てやるよ。」

驚いて振り返るとそこには真っ黒に日に焼けた楓太が立っていた。

球次「楓太…なのか?」

楓太「他の誰に見える?」

球次「練習しなくていいのかよ。」

楓太「せっかく来てやったのにそれはないだろ。」

球次「寂しくなんてなかったし。」

楓太「素直じゃないな。」

球次「うるせっ!」

楓太「んで?体の具合は大丈夫なのか?」

球次「暇すぎて死ぬとこだったわ。」

楓太「俺が来てよかったな。」

球次「どうせなら奏が良かったよ。」

楓太「奏にゃ負ける。」

二人で顔を見合わせて笑った。

何時間か話し込んでいた。外はもう暗くなっていた。

楓太「やっぱ秋になると日が暮れるのが早いな。」

球次「帰らなくていいのか?」

楓太「さっき親呼んだから大丈夫。病院って言ったら驚かれたけどな。」

球次「だろうな。」

それから30分くらい話した。

楓太「親着いたみたいだから帰るよ。」

球次「ごめんな長い時間引き止めて。」

楓太「別に気にしなくていいよ。俺も楽しかった。」

球次「そっか。また来いよ?」

楓太「当たり前だろ?今度は1位の賞状持って来るよ。」

球次「負けんなよ。」

楓太「分かってるって。」

そう言って楓太は病室を出て行った。


To be continued...