球次「待って!」

俺は帰ろうとしている奏の服を掴んで言った。

奏「どうしたの?」

俺は言葉を探しながら言った。

球次「俺からも約束して欲しいことがあるんだけど、いいかな?」

奏「いいよ。わたしにできることなら。」

俺は深呼吸をして一息に話した。

球次「手術が無事に成功したら、俺と結婚して下さい!」

奏の顔を見ると目に涙を浮かべていた。

奏「――こんな私で良ければ、喜んで!」

球次「奏じゃなきゃダメなんだよ。」

奏「わたしも球次じゃなきゃダメだよ。」

俺の一世一代の大勝負はこれまで生きてきた中で一番の緊張だった。

奏が帰った後もその余韻はまだ心に残っていた。


俺はベッドに入り眠った。

その日は不思議な夢を見た。これまでの思い出が写真になって流れてくるような、又は、自分が歩いてたどっているような、とても不思議な夢だった。

時には嫌な記憶や悲しい記憶が流れてきた。しかし、全く悪い気はしなかった。

俺は今どんな顔をしているのだろうか。心の中では『喜怒哀楽すべての感情が混ざって最終的には無になっていく』これの繰り返しだった。

とても、とても長い夢だった。まるで覚めることのないかのように。

だが、辺りがいきなり真っ暗になった。かと思うといきなり目に光が飛び込んできた。

球次「朝…か。」

俺は心のどこかでほっとした感覚を覚えた。

球次(生きてる事を改めて実感するな。)

朝食を済ませ、午後からの手術に備えるために心の準備をした。

途中まで読んでいた本を手に取り読み進めた。

手術を控えている割にはよく集中できた。最後まで読んだ頃にはもうお昼になっていた。

ケータイを見ると奏からメールがあった。

『頑張ってね!』

その後に未完成と書いてあるテニス部員全員の集合写真が貼ってあった。

俺は『元気出た。ありがとう。』と返した。

すぐにメールが返ってきた。

『手術が終わったら完成させようね。』

涙が出てきた。奏は俺を何回泣かせたら気が済むのだろう。思い出している間に手術の時間は迫ってきていた。

俺は『行ってきます。』とだけ返し、ケータイを置いた。


手術の時間になった。手術室に入り俺は仰向けで天井のライトを見つめながら夢のことを思い返していた。

これまで生きてきた日常が走馬灯のように次々と頭の中をかけていくような感覚だった。

楓太とテニスをしたこと、大会で優勝したこと、奏を好きになったこと、奏と帰り道を歩いたこと、奏を抱きしめたこと、奏と初めてキスをしたこと…

頭の中はいつしか奏のことでいっぱいになっていた。

たった17年の人生、しかもその中で奏を好きになり奏と一緒に過ごした日々はたった数ヶ月だ。でも俺にとって一番大切でかけがえのないものは他の何でもなく奏と一緒に過ごした日々。になっていた。

先生「全身麻酔かけます。」

その言葉を最後に俺は意識を失った。


To be continued...