先輩、一億円で私と付き合って下さい!

 不意に空気が揺れ動き、風を感じた。

 閉じ込められていた狭い空間に穴が開いて、急に野に放たれたような開放感が広がった。
 不思議に思って振り返れば、ノゾミが屋上に出るドアを開けていた。

 開かずのドアだと思っていたのに、意図も簡単に開いている。
 ノゾミは躊躇なく屋上へ足を踏み入れ出て行った。

「おいっ」
 俺もすぐその後を追い、屋上へ出れば、柔らかな春の風が俺に向かって通り過ぎていく。

 その風を味わっている間、ノゾミはすでに屋上のへり、フェンスのあるところに立っていた。
 大きく広がっている青い空に、筋を引いたように雲が横に流れている。

 密集したビルや家の建物が遠くまで見渡せ、その向こうには山の稜線が浮かび上がっていた。
 普段入れない場所から見るその景色はとても新鮮で、俺もノゾミもそれに魅了された。

「鍵壊れてたのかな」
 俺が傍に行くと、ぼそっとノゾミが呟いた。

「最後に開けた奴が、閉め忘れてただけだろう」
 ずっと開かずのドアだと思い込んでいたから、誰も試しに触れた事はなかったのだろう。

「まさか開くとは思わなかった。でも、試してよかった」
「そうだな。なんでもやってみるもんだな。お前は特にチャレンジャーとして、どんどんと違う世界へ踏み込んでいきやすいんだろうな」

「違う世界……」
 ノゾミはその言葉が気に入ったのか、俺に振り返りニッコリと微笑んできた。

 冷たい空気に触れ、興奮も静まってリフレッシュしたお蔭なのか、すでに鼻血は止まったようだった。
 鼻血を出した後だが、跡形なくきれいになっている。
 手鏡や濡れティッシュも持ち歩いているのだろう。

 俺と付き合うために、粗相はできないと色々と身だしなみのために小物類を持ち歩いているのかもしれない。
 女の子らしいちょっとした心がけ。

 即ち乙女心だが、おれはそれがいじらしいと思えた。
 風を頬に受け、俺たちは並んで、和やかムードで暫く景色を見ていた。