先輩、一億円で私と付き合って下さい!

「お母さんも、自分の失敗を認めたくなくて、あなたには父親の悪い部分しか言わなかった。あたかも捨てられたと強調して。ごめんなさい。あの人は父親としてはちゃんと責任を持てるような人」

「でも浮気したことは変わらない」
「そうね。でもあれも、広崎に魅力があったし、いい寄る女性がしつこかったっていうのもあったわ。由緒ある医者の家系で金持ちなら、抜け目ない女は隙を狙ってくるだろうから」

「それじゃ、お母さんもそうだったのかよ」
「私はそうじゃなかったといいたいわ。少なくとも医者の姿を通して、その優しさと人柄に惚れたんだもの。でもそれが後に却って嫌いな部分になるとは思わなかった」

 父が言ってたことと似通っていた。

「もういいよ。今日はどちら側からも、自分が悪い話ばかり聞いて、余計に混乱するから。だから、俺は益々早く一人前になって一人で暮らしたくなってくるんだ」

「嶺も大人になればわかる。物事は一筋縄ではいかないって。頭ではわかっていても、色んなしがらみに縛られて気持ちが付いて行かないの」
「だからもういいって!」

 なんだか無性に腹が立ってきた。
 母に怒ってる訳ではない。
 父にも母にもそれぞれの言い分と苦労がある。
 それがわかっているから、こうなってしまってもどちらも責め切れない。

 だがそのせいで俺は不幸だと思ってしまった。
 それを言いたくても口に出せずに、我慢しなければならないから、苛立ってしまった。

「俺、今日、友達の家に泊めてもらう。母さんも仕事で疲れてるし、この狭い家で俺と一緒だと、余計な気遣いして気が休まないだろうから」

 俺は立ち上がり、ある限りの金をポケットに詰め、そして出て行った。
 後ろで俺の名前を呼ぶ母の声がする。

 でも母も、無理に引き留める事はなかった。
 今はお互い少しだけ離れた方がいい。

 きっと明日になれば、また落ち着く。
 俺はそう信じて、泊めてくれそうな友達の家へと足を運んだ。
 こういう時に都合がいい友達といったら、アイツしか思いつかなかった。