先輩、一億円で私と付き合って下さい!


 あの後どうやって帰って来たのか覚えてない。
 気が付いたら家に戻って、一人静かにテーブルについていた。

 そのうち母が戻ってきて、俺が腑抜けになって座っている姿にただならぬものを感じ、声を掛けるのを躊躇していた。
 台所でひとまずごそごそした後、さりげなさを装って言った。

「お茶でも飲む?」
 なんでもないフリをして、湯飲みを用意する手がぎこちなかった。

「なあ、お母さん。俺、やっぱり働くよ。早く一人で生活できるようになるから、お母さんもいい人見つけて再婚したらいい」
「嶺、一体どうしたの? 広崎に何を言われたの?」

「今までの事を謝られて、医者になるならないにしろ、どこへ進学しても大学の費用を出すって言われただけだよ」
「だったら、どうして」

「俺、何もかもどうでもよくなった。なんか疲れたんだ」
「嶺!」

 ずっと我慢してたものが、突然溢れてくるように母はいきなり泣き出して、俺にすがってきた。

「ごめんなさい。ごめんなさい」
 俺はそれを無表情で受け止めた。

「お母さんは何も悪くないよ」

「違うの、お母さんが全て悪いの。広崎は何度もあなたに会いたいって言ってきたけど、私が意地悪で会わせなかっただけ。季節の行事や誕生日には必ず贈り物をしてきたけど、私がこっそり始末してたの。養育費だって今もちゃんと払ってくれてる。今行ってる高校の費用だって、広崎が払ってる」

「えっ、嘘だろ。そんな事一言もあの人言ってなかった」
「そういう人なの。恩着せがましい事はしない。面倒見がよくてお人よし、流されやすく、強いものに丸め込まれるような人。本当に気が弱いの。お母さん、そういう部分にイライラして、強く八つ当たったりもした。お互いが未熟で、自分の事しか考えられなかった」

「今更そんな事言われても」