先輩、一億円で私と付き合って下さい!

「今すぐに返事をしてくれとは言わない。よく考えてほしい。この先、医者を選ばなくても、大学へ行く費用は私が払う。だから安心して進学をしてほしい。それは父親としての義務だと思っている」

「義務…… あなたはそれで許されたいとでも」
「いや、許されなくてもいい。それは私が望むからだ」

 俺を見る父の眼差しが、俺を案じて物寂しげに潤んでいる。
 過去の事は清算できないとわかってる上で、俺に少しでも何かを与えようとしていた。

 俺は困惑していた。
 もし母が離婚などせず、父と一緒に生活をしていたら、俺はこの人の事をどう思っていたのだろう。

 人間的には弱い所はあるかもしれない。
 だが、医者としての仕事はきっちりとしてきたものは見える。
 きっと何人もの病の直らない人や死を見てきたことだろう。

 そこには直せない医者の限界に絶望し、困難にもぶち当たり、辛い思いもしてきたのだと思う。
 だからこそ自分の家では安らぎを求めた。

 夫婦間の事はわからない。
 母にもきっと母の立場があり、それは当事者同士にしか見えないものがある。

 またここでも何が正しくて何が間違っているのか、俺はわからなくなった。
 ただ、父が揃った家庭に暮らしたかった。
 その時、無性に虚しくなり、俺の思考が遮断した。