「…見事だった。」

そうつぶやいた男は、女から剣を抜き取った。女が倒れ、血が床に溜まり始めた。

男は立ち去ろうと、女から背を向ける。
が、ふと振り返って微笑んだ。

「…ダナイ。」
当然、男が目を向けたそこには、何も無い。
だが、男はそこに『ある』と確信していた。昔と雰囲気の変わらない、それがそこにある、と。

「…お前は私を憎むだろう。だが、それでいい。お前が私を殺せないように、私もお前を殺せないのだから…。」









男が立ち去ってすぐ、ダナイは姿を現した。脚が震える。まさか、あの男がマリナを殺すとは思わなかった。
「マリナ…。」

現れた男の姿を見て、マリナは一瞬目を見開いたものの、そのまますぐに戦闘態勢をとり、突撃した。
そこからの戦いは、言い表すことの出来ないほどのもので、両者が数年の間戦っていないブランクを考えても圧倒的なものだった。
恐ろしいものだった。これをいつか、あの子に伝えなければならないのか。

「お母さん!」
はっと窓に目をやれば、家のすぐそばまでラティが来ていた。
これを見せるわけにはいかない。
ダナイはすぐさま駆け出した。

「ラティ、ラティ。僕と一緒に来て。旅に出よう。」
「あ、えーと…ダナイ、さん?お母さんに言わなきゃ…。」
「だめだ。」

ダナイの強い物言いに、ラティはびくりと身を震わせた。
「ああ、すまない…お母さんはもう、いないんだ。いないんだよ、ラティ。」
「ど、どういうこと?」

「…すまない。今は話せない。だが、これはお母さんからのお願いなんだ。だから僕は、君を連れて行かなければならない。」

ラティは少しの間俯いて震えていたが、やがて顔を上げた。
涙目になりながらも目を逸らさないその姿勢が、マリナを思わせられて思わず息を止めた。
「お母さん、言ってた。あなたは、信頼出来る人。だから、何か言われたらその通りにしなさいって。だから、付いて行く。」

この子は強い子だ。事務員として生を終える未来が一番強く見えたのに、今ではその道は消えてしまった。この子はもう、平凡には生きられない。
「…そうか、では行こう。師匠の元へ。」
僕にはもう、この子の未来を憂いながら、この子の頭を優しく撫でることしか出来ない。この子は1人になってしまった。
それでも、この子は生きなければならない。

この世界の未来に
平穏をもたらすために――――――――