心で叫ぶ、君のこと








「…お邪魔します…。」





昴の家。

鍵が開いてた。





もう…本当にいなくなっちゃうのかな…。




ドアノブが、いつもよりすごく重かった。







しーんとしてる。




あたしは構わず、2階へ上る。





昴の部屋。






ちょっとためらったけど…



だけど。





ガチャッ。






開けた先には、昴が1人でベッドに座ってた。




驚いたようにドアの方を見て、あたしと分かると少し肩の力を緩めた。




「萌黄…学校は」





「抜けてきた。昴が抜けたから。」





昴は、いつの間にか学校を早退してた。




それに気づいたのは、5限の後。





まだ、覚えてる。




それだけが唯一、あたしをほっとさせた。






そして急いで、ここに来たってわけ。






「ひどいよほんとに…黙って消えるつもりだったの?」





「いや……お前は来ると思ってたから。」





目は、まっすぐあたしをみてる。





「昴…。」





「どーせ、俺がすることなんてお見通しなんだろ。」




今度は、目線をそらして。





え、なに、照れてるの?






…なによ、かわいいとこあんじゃん。






なんか、どうしようもない気持ちになって、ぴょんっと、昴の隣に座った。






「そのとーりっお見通しですよーっ。」




「ふっ。」






「えへへ。」










…嘘かもしれない。




消えないかも、しれないじゃん。






大丈夫だよ、大丈夫。




ただひたすら、冷静なように見せかけて全然冷静じゃない自分を落ち着かせることしかできなくて。







「…今までさ、色々あったよな。ほんとに。」




しみじみと、窓の外に目をやる昴。







「…そういう言い方、悲しくなるじゃん。」



「はは、ごめん。いやでも色々あったのは事実だろ。」





「まあ…そうだけど。」






「萌黄と初めて会ったの、いつだっけな。」




昴と初めて会ったの…。



「幼稚園の入園式だよ。」





幼稚園で、お母さんが受付に行って、1人で待ってたとき。





声をかけてきたのが、昴だった。





「ぼく、しろたすばる。よろしくおねがいしまぁす。」





そのときのちっちゃい昴は、目がくりくりしててよく喋って、ほんとに魅力的で。




あたしはたぶん、あのときから昴に惹かれてたんだろうな…。





「昴さぁ、もえぎっていうのがどうにも覚えられなくて。」





ぷっと吹き出しながら、昴が続ける。




「そーだったな。で、ももたろうっつってたんだ。」





「そーそー。うわぁ、ももたろうとか懐かしー。」





いやあ、なんでももたろうかと言うとね?




昴いわく、も、からのえ、からのぎが難しかったらしく、もから始まる、当時の昴が知ってるものってことでももたろうになったみたい。





「小一くらいまでずっとももたろうでさ、周りにもあだ名ついちゃうから必死に止めさせたんだよね。」






「いやー最初は違和感半端なかったぞ。なんでももたろうを萌黄って呼ばなきゃなんないんだって。」




「うるさいわ。あたしは女の子なんですからねっ」



「いや男だろ。」



「女!どう見ても乙女!」




「乙女って、お前以外の全人類のためにある言葉だぞ。勘違いすんな。」



「んなわけないだろっ。あんたの500万倍乙女だわ!」



「俺男だしー。」



「う、うざ。」









なんて、気づいたらたわいもない会話ばっかりしてた。







いつもみたいに、内容はないけど楽しい会話。







こんな日々がいつまでも続けばいいのに。






でも、永遠なんて存在しない。








そんなこと、わかってる。












「あ、そうだ。」






くだらない話がひと段落したとき、なにか思い出したように昴が切り出した。






「ん?」





「前にさ、俺が着信入れまくった時あっただろ。」






え?




…ああ、いつかの夜中の0時に。


「そんなこともあったね。」






「それさ、俺が亜時にいるときにかけたやつなんだ。」





「そうなの?」





だから、昴、そのこと聞いた時にキョドってたんだ。




亜時のこと、まだ話してなかったもんね。





「亜時だと電波とかそういうのもダメになってるから、電話とかできないんだ。だから、常時に戻った時に一気に着信が入ったみたいで。」






なるほど。。


だから1度に何回も…。






「俺、亜時にいる間、最初はわけわかんなくて、なんか心細くて、萌黄に繋がるかなとか思ってかけたんだ。よく考えれば繋がらないことくらい明らかなのにな。」









そっか…。




やっぱり、心細いよね…。





当たり前だ。






「ほんとに…ごめんね、あたし、気づいてあげられなくて。」







「何言ってんだよ、気づけるわけないだろ。俺だって隠してたし。」





「うん…。だけど…昴はこれからも、ずっと辛い思いをしなきゃならないじなゃん。あたしは、きれいに忘れてまた人生を楽しむのに。」









おかしいよ、こんなこと。




何回そう思ってきたか。





「でもさやっぱ、現実は変えられないよね…あたしなんかの力じゃとても。」





「だな。そう簡単に変えられたら、苦労しねぇよ。」



苦労しねぇよ。



その言葉は、ずっしりと重かった。



昴が今まで背負ってきた、これから背負う苦しみの分だけ。







「…がんばって。とか言えないよあたし。そんな…無責任じゃん。」



あたしは忘れちゃうけど、昴は負けずにがんばってね。






なんて、残酷すぎだ。






「…言われなくても頑張るから安心しろ。」



昴はそう軽く受け流すけど、あたしのもやもやは消えない。




「でも…辛くなったら相談する人もいないんでしょ…。だから、昴、壊れちゃわないかなって。」




「壊れる?」




「なんか…行き場がなくなった気持ちがどんどん積もっていって、でもそれをぶちまける方法もなくて…みたいな。」






「まあ…そうだな。でも、楽しい思い出があるから、まあ大丈夫じゃねえのか。」




言葉だけだと、人事みたいでいい加減。





でも、昴は真剣だ。






強いんだ。やっぱり、昴は。









「…あたしのこと、忘れないでね?思い出してよね?時々でいいからさ。」






あたしは忘れちゃうけど。




続きは、言えなかった。







ぴんっと、昴がおでこをデコピンしてくる。





「当たり前だろ。どーやったらお前みたいな特殊な奴のこと忘れられんだよ。」





「はい?特殊とか動物みたいに。」





「動物だろーが、野生の。」





いつもと変わらない口調に、
いつもと違う悲しげな表情。







自然に顔がくしゃってなってきて、見られたくなくて、昴の肩に顔をうずめた。






「…動物でもなんでもいいよ…いいからさ、昴と一緒に行けないかな…。」






少しの沈黙。






やがて、また、お祭りの日みたいに、昴が話し出して喉がずんずん響いた。





「…お前は、ここで、もっと頭良くならなきゃだろ。やることたくさんあるだろ他にも。」



「だけど…」




「萌黄がここで精一杯頑張れるなら、俺は安心して向こうに行けるんだけど。」




「昴、…。」






うん……







わかったよ……。







あたしも、頑張らなきゃだよね。








昴がいない世界なんてやっぱり、想像すらできないけど、





いくらあたしが文句を言ったところで昴のが戻ってくるわけじゃない。




だから、




あたしには行けないところで、昴も一生懸命頑張ってるってことを、




少しでも、


ほんのわずかでも、



どこかで感じながら、





あたしはあたしの道を生きていく。








「…すごく辛い…。
もう、今でも胸が張り裂けそうだけど…。でも、あたしはあたしの人生を、ちゃんと歩いていかなきゃだよね。…」







絞り出したようなあたしの言葉に、昴が無言で頷く。

花が咲いたみたいな、こぼれるような笑顔で。






「そういうこと。俺も、俺に与えられた道を生きていく。
それがどんなに苦しくても。
どこかで萌黄がしっかり生きてるってだけで、元気が出るんだと思う。

だから、絶対に生き抜けよな!」





「…ふふっ。話がどんどん大きくなってくね。生き抜けって。」




「まあ、大げさなかもな。」






「ううん、…その通りだから。
お互い、生き抜こうね。


…昴、言ってくれたよね。
あたしに、全部を打ち明ける時。

ある男の子が、クラスに、好きな女の子がいるって。」




ちょっと、昴の体が固まる。



「…おまえ、ちゃんと聞いてんだな…。」



「うん。まあね。
嬉しかったなー。」





答える代わりに、昴があたしの背中を2、3回とんとん、と叩いた。





そして、1回あたしの体を離す。





「そうだ。…渡したい物が。」



「え?なに?」




昴が、そばにある机から、小さめのビニール袋を取る。







「…これ。」





差し出されたその袋と昴を交互に見る。




「え?くれるの?」




頷かれて、袋を受け取り、中を見る。






ちょっと鼻につく、土の匂いがした。




中は、植物の苗だった。





「これ、どうしたの?」





「まあ…最後だし…俺だと思って持ってて。」





「なにそれ、ベタだね、。」



思わず笑い声が漏れる。





「なんて花?」



「スターチスって言うらしい。紫とかの花が咲く。」




スターチス?

聞いたことないな。




「へえ?昴って花詳しかったっけ?やんで知ってるの。」





「まあ、たまたま花屋で綺麗だったのがそれだっただけだし。

…スイーツ博の日、買ってたんだ…。

ほんと、悪い。」





「あ、そーだったんだ…。


全然!あたしのために買ってきてくれてたなんて感動しちゃうわー。


そーなの。へえ、じゃあ綺麗に咲くようにちゃんと育てるよ。」




「…おう。世話サボんなよ。」




「はいはい。サボりませーん。」





プレゼントが苗なんて、なんか新しくていいな。





ちゃんと育てて…





昴だと思って育てて…







それは無理かもしれないけど。






けれど、花を見れば思い出せたり…しないかな。