心で叫ぶ、君のこと

待って、ぜんっぜんわかんない!!

しかし、いくら悩んでも考えても、目の前の暗号のような数式どもは味方になってくれず…。

「無理ですせんせぇい。教えて!」

すがるような目で向かいで腕を組む昴を見上げる。

「はぁ!?お前さっきから全問俺に教えてもらってるじゃねぇか。」

「だってさぁ!いきなり難易度高すぎない!?もっと低レベルなのにしてよ。」

「それ基礎問題だからレベル低いんだけど。」

「ふぁっ?そなの!?いやいや、高校生最強すぎでしょ、なんでこんなん解けるわけ?」

「逆になんで解けないんだよ。せっかく俺の家まで来てんだからもっと努力しろ。」

「はいはい感謝してますー。せっかくの休みを削っていただいてまで勉強教えてくださって恐れ多いですー。」

「その心があるなら自力で解け。ヒントは散々あげただろ。」

「ひーーこの鬼っ。」

とは言いつつも、やっぱ悔しいから黙って考えることにした。

んーーーXがぁ、3の、け、係数だからぁ、Yの2乗がぁ…。むむむむ…。

しんとした部屋にシャーペンを走らせる音だけが響く。







「…萌黄さ、。」



沈黙を破ったのは昴の抑え気味の声。


「…ん?」

「こんな話知ってる?」

「話?ちょっと今数字の相手で忙しいんだから。」

「まあ解きながらでもいいから。」

「えー、うん、なに?」

「あるところに主人公の高校生がいた。男な。」

「ほぉほぉ。」

…そいでもって、この3をこっちの式に…。

「そいつには好きな人がいたんだ。同じ学校に。」

「へぇー。」

…あれ?おっかしいな数が合わない。
もう1回これをこーして…。

「だけどその男には秘密があったんだ。」

「ふんふん。」



…おおお??こ、これは、いけたんじゃないですか?答えそれっぽくないですか?




「そいつは、普通の人間とは違う時間を生きていたんだ。周りが過ごしてる時間と、特殊な時間を行き来していて、だんだんその特殊な時間が長くなっていく。で、結局は完全にその時間でしか生きられなくなるんだ。」




「へえええ。」





…うおっしゃぁぁ!



合ってた!



奇跡!



ああ、あたしってやっぱりやればできるん…





「…これ、ほんとって言ったらどうする?」




「…は?」









何言ってんの?




え、ていうか、なんつってたかよく聞いてなかった。




「え、ごめんなんて言った?」




「…だと思ったわばか。嘘だと思っててもいいからちゃんと聞いとけ。」




「…ど、どうしたの、?」




なに、だから怖いってば。





この前と同じ。







昴の顔、本当に真剣。




真面目で深刻な話をする時、昴はこんな顔をするって知ってる。





知ってるから、怖い。





……なんだろう。




「俺には両親がいないって知ってるだろ?」

「…うん、だから一人暮らしだけど親戚の人に援助してもらってるって…。」

それは、出会った時から知ってる。




いつ亡くなったとかはわからないけど。




だけど昴は、あんまり不自由してるようには見えないし、心に傷を負ってるようには見えなかった。





「そう。でもそれ、嘘なんだ。」




「え?」



「俺には親戚もいない。だから養護施設に世話になってるんだ、ずっと。」




「そう…なの?」




「うん。両親はいるけど、俺のことを知らない。」





「え、まって、話がよくわかんない…どういうこと?」





そこで昴は、あたしのノートに文字を書いた。


【常時】



「これは、今俺たちが過ごしてる時間のこと。全世界の人間がこの中にいる。」


【亜時】




「これは、特殊な時間で、ほんの少しの人にしか訪れない時間。」




じょうじ……あじ……。




「俺は、この常時と亜時を行ったり来たりしてる。最初は、亜時は萌黄たちの一日と一日との間に存在してた。だけど最近は、亜時が常時を侵食してくるようになって、一日の途中から俺は亜時に行くようになった。」



「え、じゃあつまり、昴はあたしたちと違う時間を過ごしてるってこと?」




「そういうこと。今は俺は常時を過ごしてるから、萌黄と一緒に存在できてる。」




「でも、昴が途中で、その、亜時に行ったら、普通気づくでしょ?」




「亜時にいる人間は、常時の人間からは見えなくなるし、記憶からも消えるんだ。

だから、俺が亜時にいる間、萌黄たちはみんな俺のことを忘れてる。つまり、いなくなっても気づかないし違和感を感じないんだ。」




…え??……。




「え、じゃあ、あたし、その間は昴のこと忘れてるの?」



「そう。」



「き、昨日も途中からいなかった?」




「ああ。昨日は6限頃からいなかった。」



「…だから、あたし梨夏子たちと帰ってたのか…。」




「それから。」





そう言って昴はがぴんと人差し指を立てる。



「もう一つ。前に言おうと思ってた事なんだけど…。」


この前って、スイーツ博の次の日のことかな?



「亜時は、常時と常時の間にも存在する。そして、その間の時間も日に日に長くなっていく。だから、」



一旦言葉を切って、あたしに視線を投げる。





ここからが大切だと言うように。



思わず、息がつまって姿勢が伸びた。



「今では俺は、萌黄たちの一日と一日との間に1年くらいの亜時がある。」





え………っと………




ものすごく恐ろしいことを言ってるってことは分かるのに、詳しいところまでまだ理解出来てない自分がいる。




「つ、つまり…その、昴が1日の途中で消えて、そこから1年間くらいの時間、亜時にひとりでいるってこと?」




わかったように言ってるのに、本当のことだったらどうしようとか思ってる…。




でも、昴は静かに頷いた。






なに……!?

どういうことなの……!?





「そういうこと…。だから、昨日俺は6限あたりに消えたんだけど、その後今日になるまでに1年間くらいの時間を向こうで過ごしてきた。」






昨日と今日の間に、1年間??




一日終える度に、また1年間もの間一人で耐えなきゃいけないの?


それを、昴は何回も何回も繰り返してきてるの?







相当辛かったのか、今昴の目は涙で揺れていて、堪えることが出来ないみたいだ。







そんなの………




…苦しすぎるよ………。



あたしだったら、無理に決まってる…。





あぁ…。




1つ、すとんと腑に落ちることがあった。




「…だから昴、スイーツ博も忘れちゃったんだ…。」




無理もない。



約束したのはスイーツ博当日から1、2週間前だから、亜時をも過ごしている昴にとっては何10年にもなる。




10年前に起きたことなんて、覚えているわけがないでしょ…。



メモとかに書いてても、途中で無くしちゃうだろうし…。




毎日毎日、昴の目には学校はどう映ってたんだろう、あたしたちは、昴にとってどんな風に見えたんだろう。




毎日が、1年ぶりの生活。



考えられない、考えられるわけがない。




頭では納得してるのに、心が追いついてない。


昴を見つめる。


真っ直ぐな瞳は、とてもだけど嘘をついてるようには思えない。



「……最後に……。

どんどん長くなってるんだ、亜時の長さが。

いつかは俺は、常時にはいられなくなる。」



……………え



「…ま、まって…それって…!?」

昴が唇を噛む。目を伏せる。



まって、わかっちゃった……!


あたしにも、わかっちゃった……、、。。。………。




聞きたくない…!
言わないで…。言わないで…!






「……俺は、この世界から消える。
萌黄の記憶からも。」