でも、6月だ。

この湿っぽい空気も、灰色の空も、まさに6月上旬の梅雨を表していて、全くもって金木犀が咲いている気配などしない。

金木犀の香りがふわふわと漂い、秋だなぁと感じさせるのは毎年、せいぜい9月くらいだった気がする。

なぜだろう。

彼を取り巻く金木犀の香り。





私はもともと、金木犀が好きだった。

優しい橙色をした花びらや、あの小さな存在から放たれているとは思えない強くて人を惹きつける香り。
毎年私は、金木犀の香りが心を楽しませてくれる季節を待っている。
私にとって、特別な花なのだ。

だから私は、彼の事が気になった反面、疑問ばかりが浮かんだ。

一年中あの香りを纏っているんだろうか…。
香水などを使っているのだろうか…。
そもそもどこからやってきた転校生なんだろう。
同じ学年だったら良いのに。
同じクラスになれたら良いのに。
もっと欲を言えば、なにか話をしてみたい。

教室の見慣れた自分の机に頬杖をつき、そんな事を考えた。

「…青崎!青崎菜穂!!おい!問17だ!聞いてるのか!」

私のぼんやりした世界に乾いた怒声が響いた。

「…すみません、聞いてませんでした。」

ガタッと立ち上がった勢いで、椅子が後ろにのけぞる。

「お前なぁ、しっかりしろよ。いくら高2になったからってちょっと浮かれすぎだぞ。ぼーっとしてたらすぐ3年、受験、卒業ってなるんだから。もういい。高田、問17答えろ。」


ついてない。
腰を下ろした椅子の表面が生温くて気持ち悪い。
あの金木犀男のせいだ。
名前も知らない相手の事をずっと考えていても仕方ない。向こうは私のこと気にも留めていないに違いない。
そう思うと、なんだか自分が馬鹿馬鹿しく思えてきて、授業開始から全く進んでいないノートを写し始めた。