「馬鹿かお前!溺れたらどうするつもりだったんだ!」


人助けしたのに怒られた。
だけど、彼の声が震えている。


「大丈夫ですよ。私なら…」


この海では子供の頃から泳いでいる。
潮の変わる頃を狙って、波に逆らいながら泳ぐ練習を何度も繰り返してきた。

そうすることで腕の力を鍛え上げた。
だから、いろんな大会で賞を総ナメに出来たのだ。


「大丈夫な訳がないだろう。俺の心臓を止める気か」


「そんな…大袈裟ですよ…」


驚いたのはわかるけれど、社長の心臓を止めるつもりなんて無い。
呆れるように安堵の息を漏らす社長に抱き締められたまま、それでも少しは怖かった…と震えがきた。


彼の腕の力が緩み始めた頃、ようやく救急車のサイレンが聞こえだした。
子供の方を見ると毛布をグルグル巻きにされ、その体を母親がしっかりと抱いている。


海岸に担架を持った救急隊員が集まる。
子供は担架に乗せられて、救急車の方へと向かいだした。



「貴女は大丈夫ですか?……おや?もしかして君はマーメイドちゃん?」


話しかけてきた救急隊員は私の顔を見てそう聞いた。
はい…と答えたくないが頷くとーー


「…そうか。君があの子を救ったんだね。さすがは県内のホープだった子だ」


期待の星と言われていたのは高校時代までだ。
今の私は陸に上がったマーメイドにしか過ぎない。