ホッとしたまま足元のカーペットだけを見つめる。
靴底の振動だけを感じ取り、ドレスの下では心臓がハッキリと動いているのがわかるくらいに緊張していた。



「潤也様、お連れ致しました」


岩瀬さんの声がして、それまで床ばかり見ていた視線を上げた。
眼前の窓には夕陽に照らされる大海原が見え、海上には優しく朧げな光が漂っている。

日没にはまだ少し早いのだろう。
だからだろうか、澄みきった静けさを感じるーー。


ちらっと視線を手前に引けば、シルバーグレーのスーツを着た人が丸いテーブルの左側に座っている。
昼間は少し崩し気味にセットされていた髪の毛に櫛を入れて来たのか、サイドがキチンと整っていた。


ドキン…とする様な格好良さに見惚れる。
「王子」と呼ばれるのに相応しい姿がそこにあった。



「ご苦労。下がっていいよ」


彼がそう言うと、岩瀬さんはお辞儀をして振り向いた。
ニコッと私に笑いかけ、通り過ぎながら「ごゆっくり」と囁いて行く。

要らない気遣いに益々緊張が高まる。
社長の前で一人きりにされた私は、指の一本も動かせずに固まった。


カタカタ…と足が震えていそうだ。
自分の姿が映るガラスにも目を向けられないくらいにアガっている。



「花梨、座れば?」


気軽に声をかけてくる社長にハッとした視線を上げて頷く。