しんみりと肩を落とす私の様子を上から窺っている社長とは目が合わせづらい。


社長にとっては有意義な市場調査の一日だったろうと思う。
恋人として振る舞えと言ったのも、気軽に地元の人達から話しかけて貰いたかったからなのだ。


何となくそれは途中から気づいていた。
明日からはまた暴君に戻り、私は魔法が解けた後、一従業員に戻るーーー。



「はぁ…」


吐息が一つ出た。
明日のことを思って息を吐くなんてそうそう無い。


「何だ花梨、食べ過ぎで苦しいのか?だったら食べてやるぞ」


どれだけ気楽なんだ。人の気も知らないで。


「いいよ。あげる」


ぞんざいな物言いをして前に突き出した。
社長は一瞬だけ目を剥いて、それでも優しく笑いかけてくれた。




(えっ…)


ドキン!心臓が跳ねて指先を見つめると、手に持ったドーナツに社長の唇が近付いてくる。

そのまま大きく口を開けてドーナツに齧り付き、「上手い」と声に出しながら唇に付いた粉砂糖を舐めた。


ドキンドキン…と加速を続ける心臓。
仮の恋人同士なのだから、そこまで演技をしなくてもいいのに徹底している。


社長の言動は私にとっては毒だ。
抜けられない棘みたいに、心の中に染まっていくーーー。



「間抜け面だぞ、花梨」


可笑しそうに笑わないで。
そんな顔を向けられたら私はますます貴方のことが気にかかるーーーー。