マーメイドはホテル王子に恋をする?!

「こちらの施設は臭いの軽減に努めていると聞きました。卵の質も上等で素晴らしいと伺っております」


私がさっき言った言葉を上手に言い回している。流石はホテル王子とでも言うべきだろう。


「は…まぁそうですね。では所長を呼んで参りますから少しお待ち下さい」


事務長らしきおじさんは、彩月に所長を呼んでおいでと指示した。
待っててね…と小さく声に出し、彩月はチラリと社長の顔を確かめて逃げた。


あーあ。これできっとまた同級生達に勘違いされる。
今日一日だけと頼まれた恋人役だったのに暫くは周りが煩そうだ。


げんなりしている私とは違い、社長は熱心に此処のパンフレットを読み耽っている。


その真剣な眼差しには、ホテルをもっと良くしたいと願う気持ちが篭っている。
お客様を如何に楽しくもてなすか、それを懸命に探し求めているのだ。


(いいな。懸命に追い求めるものがある人って輝いている……)


自分が泳いでいた頃もああだったろうか。
必死に泳いではいたけれど、輝いていたかどうかは謎過ぎる。

今更ながら、どうして水泳を止めたりしたのだろう。
止めずにもっと先を目指していれば、どうなっていただろうか。
オリンピックには出なかったにしても、今とは違う現在(いま)があったと思うのにーー。


本当に今更だ…と思い直し、過ぎ去った過去を振り返るのはストップした。