「あの、今度じっくりお話を伺わせて頂けませんか。実は私、こういう者で……」


シャツの胸ポケットから名刺入れを取り出して一枚抜き取る。
それを頂いた若松君の目が丸く大きくなり、信じられないといった顔つきで私の方に振り返った。



「橋本、社長と付き合ってるのか?」


呆気に取られるのも無理はない。
だけど、今日だけの恋人役だ。


「いや、あの…それは……」


こういう場合には事実を言っても良くないですか?社長〜〜!


「花梨とは関係なく仕事の話がしたい。是非近いうちにホテルへおいで下さい」


社長が優待してるよ。
こんなの見たことないよ。


「わかりました。伺わせて頂きます」


スゲェな…と肘で小突かれて逃げ去った。
私は呆然と閉められた襖を眺め、ただ単に茶化しに来たとしか思えない若松君を呪った。


(若松め、今度会ったら他の同級生には話さないように釘を刺しておいてやる)


襖から視線を戻せば、社長は何やら思案しているご様子。
魚の仲買いをしている若松君に頼み入れ、ホテルにも卸してくれと願うつもりでいるのか。



「……やっぱり花梨と回って良かった」


ぼそりと囁かれた言葉にズキッと胸が痛い。
社長が私を選んだ理由は、地元の人との縁を繋ぎたかったからなのか。



(そうか……それでなんだ)