社長の声はさっきよりも静かだ。
ゆっくり諭すように話すものだから、胸が一杯なっている私にも響いてきた。


「俺はこのホテルをいいホテルにしたいんだ。泊まりに来るお客様が、全員笑顔で訪れて帰って行く場所にしたい。
あの美しい海と同じ様に、心を癒せる場所に作り上げたいんだ……」


遠い眼差しを見せている。
まるで、あのラウンジから海を眺めていた時のよう……。



「マーメイド」


ニックネームを呼ばれ、鼻水を啜りながら「はい…」と返事をした。

遠い眼差しをしていた彼は私のことを振り返り、「お前の本当の名前は何なんだ?」と初めて聞いた。


(今更??)と少し思った。
ネームプレートには苗字の橋本しかない。
フルネームを名乗るのは久し振り過ぎる…と思うと少し照れもあり、肌布団で顔の半分を隠したまま口を開いた。


「橋本…花梨…です」


花梨という名前が急に幼く感じて顔が熱くなってくる。
名付けてくれた父には悪いが、どうしてそんな可愛らし過ぎる名前を付けたのか。


「はしもとかりん?ノド飴みたいな名前だな」


自分で呟きながら吹き出しそうになっている。
私が照れた意味は何処へ行ったんだよ。


「まぁいいか。橋本、明後日の休みは必ず空けておけよ。それと此処にはまだ居てもいいから、少し休んで業務に戻れ。
さっきは怒鳴って悪かった。フロントには俺がいてやるから安心してていいぞ」