呟いた言葉にハッとして、社長の顔色が変わった。
ぎゅっと掌で両腕の肘の辺りを掴まれ、心配そうな目を向ける。


「花梨…?」


返事を待たれているみたいに顔を覗かせる。
たった一言、「はい」と言えばいいだけなのに。



「どうしよう。困る…」


たった今まで置き去りにされるんだと思っていたのに、実はそうじゃないんだと知って焦る。

彼が自分と一緒に来て欲しいと言ってくれたのに、冷静になると困るなんて変だ。


「そう困らなくてもいいだろう。知らない土地に住むとは言っても、俺がずっと一緒なんだし」


「一緒…?」


「そうだ。一緒に居るから」


そんなの非現実的だ。
貴方は社長として赴くのだろうし、私は今までのようにホテルでも貴方と出会える訳ではない。


「そんなの不可能でしょう。結婚したからって、ずっと一緒に居られる訳じゃないもの」


ここは舞い上がっていい筈なのに、何だか空事のようにしか思えなくてーーー。


「だったら俺はどうすればいいんだ?一人で次のホテルへ行けと言うのか?」


社長が顔を強張らせる。


彼を一人で行かせるなんてあり得ない。
行くなら一緒に。ずっとそう願ってきた。


「……そんなこと出来ません。……私も一緒に付いて行きます。……でも、お願いがあるの」


「お願い?」


聞き返す彼に頷く。